解説
吉田博の作品には、海や池、湖、渓流といった水をモチーフに、光の反射や水の流れ、水面に映る風景などを繊細に描き出したものも多い。この作品は、明治43年(1910)の第4回文展に出品した油彩画《渓流》(福岡市美術館蔵)をもとに、流れ落ちる水の動きに焦点を絞って画面を再構成したものである。本図の版木を彫るに当たり、複雑な水の流れの部分は博自身が1週間かけて彫ったといい、あまりにも根をつめたため、歯を痛めてしまったという。淡青の摺り重ねによって表現された水の透明感、鋭いノミの彫り跡によって描写された水流の勢い、線の一本一本までおろそかにせず彫り出された渦巻く波の力強さなど、ここには自然に対する博の畏敬の念が込められているようである。本作は、当時の木版画では規格外の大きさを誇る特大版として制作されている。伝統的な木版画の摺りの工程では、版木や和紙を湿らせて色を摺り重ねるため、それぞれに伸び縮みが生じる。摺師は日頃の勘を頼りに版木と和紙の収縮率を計算しながら作業を行うが、特大版ともなると、全ての色をズレなく正確に合わせて摺ることが非常に困難となる。このような特大版の制作は画家、彫師、摺師にとって、挑戦的な仕事だったのである。
収録されているデータベース
東京富士美術館収蔵品データベース
日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点の内、約2,000点を掲載。
最終更新日
2026/01/09