解説
1850年のサロン出品後、《種をまく人》は美術界に少なからぬインパクトを与えた。当時の最も重要な芸術誌『アルティスト』がその複製制作を申し出た事もその余波の一つである。その頃のミレーは版画について殆ど素人だったが、銅版画よりも素描をそのまま生かせるリトグラフを選んだ事は賢明であったといえるだろう。それにもかかわらずミレーは試し刷りに不満で、結局この作品は掲載されずに終わった。
収録されているデータベース
東京富士美術館収蔵品データベース
日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点の内、約2,000点を掲載。
最終更新日
2026/01/09