解説
フランスの古都トゥールーズで家具職人の息子として生まれたマルタンは、地元の美術学校で学んだあと奨学金を得てパリに出て、1879年にジャン・ポール・ローランス(1838-1921)のアトリエに入った。学生の個性を重視するローランスのもとでは、中村不折(1866-1943)といったパリに留学した日本人洋画家たちが指導を受けたことでも知られる。ローランスのもとで学んだマルタンは、4年後にサロンで一等賞を獲得し、さらにその2年後にはイタリア旅行の奨学金を得るなどその才能を伸ばした。もともとは古典主義的な作品を描いていたが、友人のアマン・ジャンやローランを通してスーラの新印象主義の技法を取り入れるようになり、晩年に向かうにつれて、その細かい筆致の色彩は冴えわたった。晩年、フランス南部の小さな町ラバスティド・デュ・ヴェールに移り住んだマルタンは、町が見渡せる小高い丘に大きな邸宅を構え、美しい花々が咲き香る自宅の庭園やそこから望む自然の美しい風景を描いている。本作に描かれているのも、晩年彼が好んで描いた自宅の庭である。手入れが行き届いた庭には、赤やピンク、白など色とりどりの花々が咲き誇っている。暖かな陽光が草花を包み込んで淡い輝きを放っている。
収録されているデータベース
東京富士美術館収蔵品データベース
日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点の内、約2,000点を掲載。
最終更新日
2026/01/09