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ブルボン=ブラガンサ家の王子、ドン・セバスティアン・マリー・ガブリエル Portrait of Don Sebastien Marie Gabriel de Bourbon-Braganceぶるぼん=ぶらがんさけのおうじ、どん・せばすてぃあん・まりー・がぶりえる

解説

この肖像画のモデルとなっている少年は、スペインの国王カルロス3世(在位1759-1788)の曾孫にあたるドン・セバスティアン・マリー・ガブリエル(1811-1875)である。父のドン・ペドロは、ポルトガルの王女マリー=テレーズと結婚し、1811年にスペインのブルボン家とポルトガルのブラガンサ家の両家の血筋をひく最後の一人息子をもった。ホセ・グディオルは、モデルが5歳ぐらいに見えるという推定から出発して、この肖像画が1815年から16年頃に描かれたと主張しているが、モデルはもう少し年上にも見える。しかし、もしもこの絵を注文したのがマドリッドの宮廷だとすると、本作の制作年代は1820年以降にはならないはずでなる。なぜならば、1819年までの間にゴヤと王室との関係は終わっていたからである。また少年の服装について、ホセ・グディオルは、1814年以降に採用されたスペイン近衛騎兵の制服を着用していると考える。したがって、この絵の成立は、早くて1815年頃、遅くて1820年頃の時期に絞られるわけで、ゴヤが宮廷の仕事についていた最後の数年間に描かれたものと考えるのが自然であろう。この親王は、長じてからは大変に教養の高い人物としてその名を知られた。アカデミーの重要なメンバーであり、具象芸術の目ききであり、音楽の愛好家であり、有名な物理学者であった。また豊かな美術品の蒐集でも知られている。この絵の中で少年は右手で背景の風景を指し示しているかに見える。ある学者は、グアダラマ山脈とラ・グランハの王宮がそびえるセコビア近くのサン・イルデフォンソに通じる道を推測するが、このモデルとは関係性が薄い。その一方で、旧カスティリヤからアラゴンへ向かうルートの途中に、タルディエンタ山脈、ナポレオン占領下でのスペインのレジスタンスの戦域を望むことができるが、もしもこの場所だとすれば、画家の愛国的な意図を想像することが可能になる。ところでホセ・グディオルは、この絵の中に子供の肖像を描くときに用いたいつものアプローチを認めている。すなわち、身につけた付属品で示される「力強さ」とは対照的に、顔や着衣を表現するのに「単純さ」を志向している点である。アクセサリーや道具は賑やかで微細に描き、人体や服は単純な技法で処理するという対比の手法は、背景の描写にも見られる。前景の確固とした自然主義と遠景の軽やかな優雅さとは、絶妙なコントラストの対話を生んでいる。ゴヤ芸術の特徴ある絵画法によって描かれた本作は、宮廷肖像画の名手ゴヤならではの「愛想のよい高貴な子供の肖像」の一典型を示している。

メタデータ

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東京富士美術館収蔵品データベース

日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点の内、約2,000点を掲載。

2026/01/09