解説
ロワゾーはパリの装飾美術学校を出た後、ブルターニュにいたゴーガンのもとで制作をした。そこにはモフラやベルナールもいて、ポン・タヴェン派を形成していた。この絵が描かれた1900年には、ゴーガンはすでに一人タヒチで制作をしていたが、ロワゾーは、印象派的な明るい光を感じさせる風景画を描いている。この作品を見る限り、ゴーガンとその一派が推進した綜合主義からは遠く、むしろモネとの親近性を指摘できるほど、純粋に印象主義に近い。
収録されているデータベース
東京富士美術館収蔵品データベース
日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点の内、約2,000点を掲載。
最終更新日
2026/01/09