解説
本作に付属した資料によれば、この作品はアントワーヌ=フランソワ・カレが聖霊騎士団長の服を着た国王ルイ16世を描いた肖像画ということになる。同資料によるとカンヴァスの裏には、今は裏打ちされているために読めないが、「カレ、1786」と署名と年記があるとされる。描かれた人物は、はたして資料の言うようにルイ16世なのだろうか。ジュヌヴィエーヴ・ラカンブルは『ダヴィッドからドラクロワ』展のカタログで、カレの正装の《ルイ16世》(クレルモン=フェラン、バルゴワン美術館[20世紀末に絵画コレクションは新設のロジェ=キヨ美術館に移行])に詳細な解説を施した。カレは1778年に国王の肖像画の最初の注文を受けて翌年に完成させ、陸軍省に設置された。さらに外務大臣のヴェルジェンヌ伯爵から国王の肖像画の制作を依頼されたが、それは外国の宮廷などに贈られる多数の模写作品の原画になったという。当時は美術アカデミー会員の監督のもとに、王室の人々の質の高い肖像画を複製する任務を負った肖像画工房(キャビネ・ド・ロワ)が存在していた。さらに、1789年のサロンにはカレが《国王の肖像》と《王弟の肖像》を出品したことがリヴレに残されており、こうしたカレの多数の国王像の来歴を明らかにすることの難しさを指摘しつつ、クレルモン=フェランの作品がサロンの出品作ではないかと推測している。2007年の『公的肖像、私的肖像』展のカタログでは、セバスチアン・アラールはジュヌヴィエーヴ・ラカンブルを受け継ぎつつ、カレの数多い《ルイ16世》の中で作品の高い質から、クレルモン=フェランの作品をカレの自筆に近い作品とした。アラールはイアサント・リゴーの《ルイ14世の肖像》(1701年、ルーヴル美術館)が、人であるばかりでなく不滅の権力の化身としての国王の肖像画の祖型となり、後世の国王像を規制したという。たしかに、カレの国王の肖像は、王笏や王冠や正義の手などのレガリアとともに、権力を象徴する大きな円柱の前に国王を描くという定法を一歩も踏み越してはいない。ところで、2016年にヴェルサイユ美術館はカレの《正装のルイ16世》を購入しており、これは1779年の作で陸軍省のために描かれた作品の縮小版とされている。それはともかくとして、それらの顔貌はすべて共通し、さらにカレより一世代年長のジョゼフ=シフレ・デュプレシ(Joseph-Siffred Duplessis, 1725-1802)はルイ16世治世期のもっとも重要な肖像画家だが、1776年に《正装のルイ16世》を描き翌年のサロンに展示した。原作の所在は不明だが、画家自身によるレプリカがヴェルサイユ宮殿美術館に残り、顔立ちはカレの肖像画と共通する。だが、本作はそれらとはまったく異なった相貌を映しだす。ところで『À travers champs』によれば、グルノーブル美術館からヴィジルVizilleのフランス革命博物館に寄託されたカレの肖像画がある。1788年に描いたとされるこの作品のモデルについては、ルイ16世なのか、それとも王弟で後にルイ18世となるプロヴァンス伯爵(1755-1824)か、議論があったという。フランス革命期の美術やダヴィッドの研究で知られる故フィリップ・ボルデス教授は、早くからプロヴァンス伯爵の肖像としており、今日はそれが通説となっているようである。本作は、まさにこの肖像画の相貌と瓜二つで、デュプレシが描いた《プロヴァンス伯爵》の顔立ちにも通じている。さらに、アデライード・ラビーユ=ギアール(Adélaïde Labille-Guiard, 1749-1803)の《ルイ16世の弟殿下による騎士章の授与》(パリ、レジオン・ドヌール勲章博物館)は、王弟プロヴァンス伯爵が聖ラザロ騎士団の騎士章を授与する場面で、女性画家が革命前に描いた大作のエスキースである。革命後に焼却されて残っていない原作を知るための数少ない資料である。興味深いのはこの作品が、長らくカレが描いた、プロヴァンス伯爵が聖霊騎士団騎士の宣誓を受領する場面と考えられていたことである。この作品の豊かな頬の下膨れをした伯爵の顔立ちは、本作のモデルと共通する。この作品のモデルはプロヴァンス伯爵とするのが妥当であろう。問題は、プロヴァンス伯爵の肖像画にレガリアが描きこまれている点である。ルイ16世には王太子ルイ=ジョゼフ・ド・フランス(1781-1789)がいた。後継者の像というのはあたるまい。たとえば、フランソワ=ユベール・ドルエ(François-Hubert Drouais, 1727-1775)が1774年頃に描いたとされる《聖霊騎士団章をつけたプロヴァンス伯爵》(ヴェルサイユ宮殿美術館)には、レガリアは描かれていない。革命直前の政情不安の時代、王族の一員としての表象の意味が込められたか。国王の肖像のように、レガリアを手にしていないことに意味があるのか、ヴィジルの作品と本作の関係など、なお資料の調査研究がこれらの問題を解決するためには必要である。
収録されているデータベース
東京富士美術館収蔵品データベース
日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点の内、約2,000点を掲載。
最終更新日
2026/01/09