解説
この砥石城図は、興津正辰が著して置いたものを、藤田周義・落合保明の図と引き合わせて改訂し、さらに文政3年(1820)、近藤孝短主の図で訂正したものである。砥石城(上田市伊勢山)は、大砥石が出るところから、その名があるが、戸石城とも書く。戦国時代、東北信に勢力を張っていた坂木(坂城町)の戦国大名村上義清が、小県方面にたいする前線基地として築いたのが、その始まりだといわれている。村上氏の最大の要害地である。その出城の米山城は、東・南・西の三方が険しい谷に囲まれており、堅固な要害として知られる。本丸・出城ともに、昭和44年(1969)県史跡に指定された。天文19年(1550)、信州への進出を図った武田信玄と村上義清との間で行なわれた砥石城をめぐる合戦(砥石合戦)が有名である。
収録されているデータベース
信州デジタルコモンズ 長野県立歴史館所蔵資料
長野県の文化機関の所蔵資料のほか、信州の人々が営んできた身近な生活の記録を画像や映像で残し、「知の共有地」として活用するデジタルアーカイブ「信州デジタルコモンズ」で公開している資料のうち長野県立歴史館所蔵分です。
最終更新日
3/01/10