解説
岡山市の中心にある岡山城は豊臣五大老の一人、宇喜多(うきた)秀家によって、築城されました。外観が黒いことから、別名「烏城(うじょう)」と呼ばれています。関ヶ原の戦いの後、新たに城主となったのが、小早川秀秋です。秀秋は、北の政所(まんどころ)の甥(おい)として生まれ、10代のはじめ、毛利家の重鎮、小早川家の養子となりました。城の西側、柳川筋。ここは、岡山城の外堀でした。およそ2・5キロの外堀を、わずか20日間で完成したと言われ、「二十日堀(はつかぼり)」と呼ばれています。
(この動画は、2009年に取材したものです)
