解説
歌道にも深く心を潜めた伏見天皇〈ふしみてんのう・1265-1317〉は、晩年、自詠の詠草を集大成すべく家集(『伏見院御集』)の編纂を企て、一大集群の歌稿本を残したが、未完のまま崩御。このときの巻子本が分断されて、断簡として伝存したのがこの「広沢切」である。名称の由来は、広沢某の所持によるものか、あるいは京都・広沢の地にちなむものなのか、明らかでない。この断簡の特徴的なのは、右半分に宿紙(すくし・しゅくし)という一度使用した紙の漉き返し紙を使用していることである。これは平安時代以来、図書寮付属の製紙工房・紙屋院(かみやいん)でつくられた薄墨色の料紙。後世、薄墨紙(うすずみがみ)または水雲紙(すいうんし)ともさまざまに呼ばれた。当時の宮廷は、貴重な紙の節約上の顧慮から、倫旨(りんじ・天皇の勅命を伝える文書)にもこの宿紙を利用。ことにその所用が活発であった南北朝時代には、薄墨倫旨の通称が生まれた。「広沢切」のなかでも、このように宿紙に書写されたものは珍しい。伏見天皇が御座所身辺のありあわせの紙を卒然と使用したさまがうかがえ、興味深いものがある。ともかくも、「広沢切」が天皇自筆稿本であったことを思わせる。
収録されているデータベース
Keio Object Hub
慶應義塾には、160年を越える歴史の中で集積された多様な領域にわたる文化財コレクションがあります。これらのコレクションは、図書館、研究所にとどまらず、学部や一貫教育校など学内のさまざまな場所で収蔵・活用され、専門性を反映した豊かなコレクション・データベースが編まれてきました。 Keio Object Hubは、これらのデータベースを連携させ、展覧会や講演会など、学内で展開する文化関連活動と結びつけ...
最終更新日
2022/07/03