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着氷実験機 ゼロ戦の右主翼(零式艦上戦闘機「零戦」) The right wing of the Zero fighter used for icing experiments (Mitsubishi Navy Type 0 carrier fighter)ちゃくひょうじっけんき ぜろせんのみぎしゅよく(ぜろしきかんじょうせんとうき「ぜろせん」)

解説

 第二次世界大戦中、雪の研究家として知られる中谷宇吉郎博士のチームが、ニセコアンヌプリ山頂で着氷実験の研究に使った実験機「ゼロ戦」の右主翼です。 昭和18年から20年にかけ、ニセコアンヌプリでは戦闘機を実験機とした着氷実験が行われました。山頂には20~30人の大人が住み込みで作業できるほどの大規模な施設「ニセコ山頂着氷観測所」が設けられ、多くの研究者、地元住民が関わり合い、着氷のメカニズムの解明に挑みました。着氷観測所と実験機が設置できる昭和18~19年の冬には九六式艦上戦闘機、昭和19~20年の冬にはゼロ戦が使われたとされています。 終戦直後、ゼロ戦はニセコアンヌプリ山頂から谷間に投棄され、行方知れずとなっていましたが、1990年(平成2年)に北海道新聞記者の捜索隊が場所を特定し、大きなニュースとして取り沙汰されました。その後、しばらくの時を経て設立した倶知安風土館の3回にわたる調査の結果、2004年6月、苦難の末風土館に運び込まれ、展示されることとなりました。 ※着氷とは、上空などで過冷却された水蒸気と何かしらの物体が衝突する際に起きる現象で、衝撃を受けた水蒸気(気体)は一瞬で氷(固体)へと姿を変え、物体の表面に凍り付きます。エンジンやプロペラの動作不良などを招くことから、航空機の墜落原因として「航空最大の敵」とも言われ、着氷のメカニズムを解明することは航空機運用のうえで重要な課題となっていました。

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2026/07/14