解説
柴藤家は,江戸時代初め博多で鍛冶職を営み,のち代々,鋳物業を営んだ。増次は分家で嘉永2(1849)年,夫人と一緒の肖像画を死去前に描き,死後に家の系譜と経営の記録が賛で追加された。〔No.536 博多祇園山笠展19-堂山と描かれた近世福博の女性たち〕
収録されているデータベース
福岡市博物館収蔵品データベース
福岡市博物館は、平成2年(1990)の10月に、地域の歴史と民俗を研究・展示する博物館として開館しました。福岡は、弧を描く日本列島の西の端にあり、ユーラシア大陸と朝鮮半島に近接しています。この地に住む人々は、古来、この国の誰もが知らなかった文化に最初に触れ、経験したことのない生産手段や経済活動を発展させ、遭遇したことのない脅威を克服し、豊かな都市を営みつづけてきました。この博物館は、アジアとの人・...
最終更新日
2026/05/24