解説
七宝(しっぽう)とは銅など金属の器の表面にガラス質の釉薬を焼き付け、絵や文様などのデザインを表す装飾技法です。デザインの境界線を残して彫りくぼめ、異なる色の釉薬を象嵌(ぞうがん)する「象嵌七宝」や、金属の境界線を貼りつけ区画をつくって釉薬を置く「有線七宝」(ゆうせんしっぽう)は、境界線によって隣り合う色が混じらないため、多彩な色分けができます。また釉薬を置いた後で境界線を取りのぞく「無線七宝」(むせんしっぽう)は、釉薬が混じりうことによる色調のグラデーションを狙うことができます。七宝は世界各地で古くからおこなわれてきた技法です。日本では今のところ最も初期の作品に7世紀の例がありますが、以後は途絶えたり行われたりを繰り返しました。特に19世紀後半以降、近代国家の一員として歩みを進める過程において、美術工芸の発展に力が注がれる中で、七宝の技法と表現も急速に発展しました。精巧な日本の七宝作品は、万国博覧会への出品などを契機として海外でも高く評価され、海外向けの製品は輸出産業の一翼を担いました。
これは横幅113㎝におよぶ大きな銅製の板に、七宝の技法で雄大な富士山の姿を表した額です。山の裾野や濃く淡く漂う雲など、無線七宝の利点を最大限に発揮したグラデーションの表現は、これが七宝による作品であることを忘れさせます。1893年のシカゴ・コロンブス世界博覧会のため制作されたもので、シカゴでは絵画作品として展示されたといいます。
この作品を手がけた濤川惣助(なみかわそうすけ)は1847年生まれ、日本の近代七宝を代表する作家のひとりで、無線七宝を得意としました。国内外での博覧会、展覧会で数々の賞を受け、1896年には優れた技量をもつ芸術家として任命される帝室技芸員(ていしつぎげいいん)に選ばれています。
涛川惣助は並河靖之とともに明治を代表する七宝作家で、明治期の七宝工芸をリードし帝室技芸員(ていしつぎげいいん)にも選ばれました。この額は涛川がシカゴ・コロンブス世界博覧会のため、臨時博覧会事務局の依頼によって作ったもので、シカゴの美術館に「絵画」として展示されました。(なみかわやすゆき)
収録されているデータベース
ColBase
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最終更新日
2026/06/22