解説
口つくりは繰口【くりぐち】、肩に紐線【ちゅうせん】1条をめぐらす。胴には州浜【すはま】に屈曲の多い枝ぶりの松樹を繊細な調子で鋳出す。真形【しんなり】の端正な姿、鯰肌【なまずはだ】ともいわれる光沢のある茶褐色の肌あい、勇勁な鬼面鐶付【きめんかんつき】など芦屋釜の特色をよく示す、わが国茶の湯釜の代表作の一つである。
これは茶道(さどう)Tea ceremonyで使われる、湯を沸かす鉄製の釜です。全体はふっくらと丸い形です。現在は胴部の下が割れたような形をしていますが、もともとはそのあたりに、帽子の「つば」のような出っ張りがぐるりと回っており、さらに底へと続いていました。今われわれが見ている少し小さい底は、のちの時代に補われたものです。二か所には獣(けもの)の顔をかたどった突起があり、持ち上げるためのリングを通す穴が開いています。胴部には砂浜に生える松の木を表しています。表面の一部にみられる、つややかな光沢は、ナマズの肌に例えられることもあります。素直な丸い形、ナマズのような肌つや、浜松を表すなど、現在の福岡県北部の芦屋(あしや)地方で作られた釜の特色をよく示しています。「真形」(しんなり)とは、茶釜本来の自然な形という意味です。特に芦屋地方で作られた茶釜は、一級のブランド品として好まれました。この地域ではもともと、金属を熱して溶かし、鋳型(いがた)に流し込み形を作る、鋳造(ちゅうぞう)で、さまざまな道具を作ってきた歴史があり、優れた製品を作る技術が発達していたのです。
日本では鎌倉時代13世紀、栄西(ようさい)という僧侶が、中国で仏教の宗派の一つである禅宗を学んださいに、お茶の実を持ち帰って以降、茶の栽培が始まり、貴族や僧侶の間で、薬として茶を飲むことが流行しました。やがて、1杯の茶を入れるために使うさまざまな道具や空間、そしてそれらを使って茶を飲む、こまごまとした作法が整えられていきました。たんに茶を飲むのではなく、文化的な営みとして修養する「茶道」の考え方が形成され、現代に続いています。茶道は各時代の文化人や権力者たちに支持され、その周辺では、様々な美術工芸品や、芸術文化が育(はぐく)まれました。茶釜も他の茶道具と同様に、使い勝手の良さだけでなく、形や質感や文様に美意識が注がれました。
筑前(ちくぜん)国芦屋(あしや)(現在の福岡県芦屋町周辺)で作られた鉄製の茶釜(ちゃがま)は、「芦屋釜(あしやがま)」として珍重されました。真形とは、内反(うちぞ)りした繰口(くりぐち)、丸い形の胴、肩の鐶付(かんつき)など、茶釜としての最も基本的な形式という意味です。本品は、胴に優雅な松と浜辺が表された、芦屋釜を代表する優品です。
収録されているデータベース
ColBase
ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システムは、国立文化財機構の4つの国立博物館(東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館)と一つの研究所(奈良文化財研究所)の所蔵品を、横断的に検索できるサービスです。
最終更新日
2026/07/20