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解説

 石室善玖は、現在の福岡県、筑前の人。当時の中国、元に留学して古林清茂(くりんせいむ)という有名な僧侶に禅を学び、帰国後は京都の天竜寺、鎌倉の建長寺などの住職になりました。埼玉県の平林寺にも開山として招かれています。
 法語とは法要の際に、僧侶が語った言葉のこと。この法語は、同じ古林清茂の門下であった月林道皎(げつりんどうこう)の十三回忌が京都・長福寺で行われた際に石室が語った言葉を自ら記したもので、石室70歳の筆です。
 「長福寺の創建を支えた花園天皇のご恩に報い、同門の人々の望みに応じて法要にあたって一言述べる」という趣旨のことばが書かれています。また、「月林の弟子、簡翁思敬(かんおうしけい)の願いによって、後光厳天皇(ごこうごんてんのう)から勅額をいただき、長福寺の清凉塔院に掛ける法要を行なった。貞治2年にこれを書き記す」とあります。
 石室の端正な筆跡に加え、いつ、どこで、なんのために記したのかがはっきりしているという点で歴史的価値が高い文化財です。
 ところで、禅宗では、修行をして悟りを得ると、師からそのしるしとして肖像、墨蹟(ぼくせき)と呼ばれる書、衣をいただきます。よって、師弟はもちろん同門の僧たちの結びつきは強く、この法要に対する石室の思いもいかばかりかと想像されます。古林清茂には何人もの日本人の僧が学んだので、その墨蹟が日本にもたらされています。中国の僧の書や肖像が日本に数多く伝わっているのは、そのような禅の師弟関係によるものです。


石室善玖@せきしつぜんきゅう@は南北朝時代の禅僧です。中国・元に渡り、名僧のほまれ高い古林清茂@くりんせいむ@に師事し、悟りを開いて帰国しました。月林道皎は、古林門下で石室の兄弟子にあたります。これは、月林道皎@げつりんどうこう@の十三回忌に後光厳天皇から額字を賜ったことを石室が称賛した文章です。

メタデータ

教育

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収録されているデータベース

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2026/07/20