解説
仏教の宗派の一つである禅宗で活躍した僧侶、大休正念(だいきゅうしょうねん・1215-1289)が書いた書状、つまり手紙です。大休は中国浙江省・温州出身で、鎌倉幕府の政務を統括する執権(しっけん)を務めた北条時宗に招かれて来日し、建長寺や円覚寺の住職をつとめ、日本で亡くなりました。
書状の右から7行目に、「無学和尚円寂」と書かれています。「円寂(えんじゃく)」とは僧侶が亡くなることで、中国から来て円覚寺を開いた禅僧・無学祖元(むがくそげん)が亡くなったことを指しています。無学が亡くなった弘安9年、1286年以降に大休が記した手紙です。72歳をすぎた最晩年の筆跡です。
宛名はありませんが、亡くなった無学の弟子たちに、お悔やみを伝えています。
冒頭から5行目までは礼儀正しく丁寧な感じで楷書風に書かれていて、現代の私たちにも読みやすそうな書体です。それが6行目以降になると、少し文字の雰囲気などが変わってきたようです。書体の筆づかいに固さがとれて行書風になり、文字もいくぶん大きくなって、序盤より筆の勢いが増しています。亡くなった無学について述べている辺りです。書いているうちにこみあげた悲しみが、文字の姿に表れたのでしょう。
自筆の手紙は、筆先に自然と自分の思いがにじみ出るもの。書き出しから終わりまで筆者が書いた時間をたどるように見ていくことで、感情の変化もありありと見ることができます。その一例として、書状の中には「道」という字が3か所でてきますが、その書きぶりを見比べても前半から終盤への心境の変化が見てとれるのではないでしょうか。
大休正念は中国(南宋)の禅の高僧です。北条時宗に請われて来日し、建長寺や円覚寺などの住職として禅の指導・普及に努めました。これは、同じく中国から来日し1286年に鎌倉で没した無学祖元の関係者に送ったと思われる手紙で、大休72歳以降、最晩年の筆跡です。ルビ:なんそう、ほうじょうときむね、けんちょうじ、えんがくじ、むがくそげん、
収録されているデータベース
ColBase
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最終更新日
2026/07/20