解説
伏見天皇は後深草天皇の子で、弘安10年(1287)から永仁6年(1298)まで在位し、その後正和2年(1313)まで院政をとった。和歌や書に優れていたことでも知られる。本巻は皇子寧永親王(法名法守)の出家に関して、仁和寺宮寛性法親王の近侍に差し出した書状である。
宸翰(しんかん)とは、天皇が書いた文章のことで、消息(しょうそく)とは手紙のことをいいます。つまりこの作品は、天皇が書いた手紙です。書いたのは鎌倉時代に活躍した、第93代天皇、後伏見天皇です。後伏見天皇は、書に優れていたことで知られる伏見天皇の息子で、父の書をよく受け継いでいます。
この手紙からは、後伏見天皇が息子の出家に際してお寺と調整を進めたことがわかります。
まずは、大きさに注目してください。大きめの紙を4枚繋ぎ合わせ、長さをたっぷりと使ってゆったりと書き込んでいます。ぜいたくな紙の使い方です。次に、書き出しです。書き出しは5行目、一段高くなっている「宮」から始まる行で、ひときわ大きく書かれています。天皇の文章は、書き出しの行を大きく書くことが多く、この作品にもその特徴が表れています。そして、文章全体を見ると、ほとんどが漢字で記されているのにもかかわらず、堅苦しさを感じさせません。筆を柔らかく使いながら、線の太さに強弱をつけ、さらにところどころの漢字をくずして、全体のバランスを取っています。
天皇が書いた書としての風格がありながらも、繊細さを兼ね備えた作品です。
収録されているデータベース
ColBase
ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システムは、国立文化財機構の4つの国立博物館(東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館)と一つの研究所(奈良文化財研究所)の所蔵品を、横断的に検索できるサービスです。
最終更新日
2026/07/20