寛平御時后宮歌合 Record of a Poetry Contest at the Empress' Palace in the Kanpyō Eraかんぴょうのおおんときのきさいのみやのうたあわせ
解説
歌合(うたあわせ)は和歌を左右1首ずつ組み合わせてその優劣を競う行事で、平安時代以降、宮廷を中心に盛んに開催されました。
『寛平御時后宮歌合』は、現存する最も早い歌合の事例の一つで、宇多天皇の代(887~899)に天皇の母(皇太后)であった班子女王(はんしじょおう)が主催し、 春、夏、秋、冬、恋の各20番、計200首からなる歌合でした。
紀貫之(きのつらゆき)、紀友則(きのとものり)、藤原興風(ふじわらのおきかぜ)、素性法師(そせいほうし)など当代の著名な歌人が名を連ねています。
この写本はもと近衛家(このえけ)に伝来した「十巻本歌合」の一部で、その巻第四に属します。
「十巻本歌合」は平安時代中期に関白藤原頼通(ふじわらのよりみち)(992~1074)が編纂を企画しましたが途中で中止となり、46の歌合を10巻にまとめた草稿本のままで後世に伝わりました。
そのため各所に書き入れや訂正の跡が見られます。
本文は1首を2行に分けて書き、力のこもった格調の高い書風です。
この写本の筆者は「十巻本歌合」の現存する歌合のうち、多数の書写・校訂もしており、歌合編纂の中心的存在であったと考えられています。
平安時代9世紀以降、宮廷貴族の間では、歌人が左右の組に分かれて同じ題で和歌を詠(よ)み、その優劣を競う「歌合(うたあわせ)」が行われました。「寛平御時后宮歌合」は、宇多天皇(うだてんのう)(867~931)の母で皇太后となった班子女王(はんしじょおう)(833~900)が、寛平年間(889~898)に催した歌合です。春・夏・秋・冬・恋の5題、各20番の取り組みで計200首からなり、紀友則(きのとものり)や紀貫之(きのつらゆき)などの当代を代表する歌人が名を連ねています。
この巻物は、関白の藤原頼通(ふじわらのよりみち) (992~1074)が編纂(へんさん)させた歌合集「十巻本歌合」のうち、巻4の前半部にあたります。「十巻本歌合」はもとは近衞家(このえけ)に伝来し、付属の歌合目録(京都・ 陽明文庫蔵)によって、46の歌合を10巻にまとめたことが知られます。未装飾の料紙には随所に加筆訂正の跡があり、清書ではなく草稿と考えられています。
本作の筆者は、「十巻本歌合」を分担書写した10数人のなかでも、多くの歌合の書写・校訂に加えて歌合目録も担当しており、編纂事業における中心的な存在であったとみられます。その書きぶりは、文字内の余白を広くとり整った形で、平明で読みやすく、優美な趣を湛(たた)えています。仮名の美しさが最高峰に達した平安時代11世紀の名筆を存分にご堪能ください。
収録されているデータベース
ColBase
ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システムは、国立文化財機構の4つの国立博物館(東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館)と一つの研究所(奈良文化財研究所)の所蔵品を、横断的に検索できるサービスです。
最終更新日
2026/07/20