解説
儒学者である頼山陽+らいさんよう+の依頼で制作、上京の途中で山陽の死を知り、二人の共通の友人であった木米+もくべい+に贈った作品です。竹田最盛期の作で、明るく耀く繊細な画面が秀逸です。豊後+ぶんご+(大分県)岡藩の儒官だった竹田は、藩政への不満から職を辞し詩画三昧+ざんまい+の日々を送りました。
縦に細長い画面に、山が描かれています。かすれた筆のタッチを使い、墨、茶、緑、朱などの淡い色合いで描かれた、透明感あふれる、明るい風景です。絵の中を歩く気分で下から辿っていくと、渓流に舟を浮かべた釣り人、竹林に囲まれた住まいがあらわれ、上流の橋を過ぎると松林が続きます。さらに上にすすむと雲の合間に朱色の建物のお寺が立っているのがわかるでしょうか。タイトルの「松巒古寺図(しょうらんこじず)」の「巒(らん)」とは、山の峰、連なりのこと。松林の続く山の峰にあらわれる古いお寺を描いた絵、ということです。
作者の田能村竹田(たのむら ちくでん)は現在の大分県、岡藩に仕えていましたが、辞職したのち、詩画を楽しむ生活を送りました。この作品は、天保3年(1832)に3歳年下の友人である漢詩人の頼山陽(らい さんよう)に頼まれて描いたものでしたが、これを届けに京都に向かう途中で、山陽の死を知ります。翌4年にその経緯を書き加えて、2人の共通の友である木米(もくべい)に贈りましたが、その直後に木米も亡くなってしまいます。背景を知ってみると、心の通った友への贈り物であるこの絵の中で、彼らが共に舟を浮かべ、心を遊ばせているようにも思えます。
収録されているデータベース
ColBase
ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システムは、国立文化財機構の4つの国立博物館(東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館)と一つの研究所(奈良文化財研究所)の所蔵品を、横断的に検索できるサービスです。
最終更新日
2026/07/20