解説
白い和紙の上に墨の濃淡だけで、風と光の情景が描き出されています。画面に近づいて松の葉をみると、その激しい筆勢に押されて、後ずさりするくらいです。松を描く筆は、穂先をいくつも重ねたもの、竹の先を細かく砕いたもの、あるいは藁(わら)を束ねたものを使ったと考えられており、明らかではありません。繊細でありながら迷いなく筆を進め、一気に線を引いていることが見てとれます。離れてみると、松の幹はまるで能を舞うかのように風に揺られています。
四つほどの大きなグループに描かれた松林は、木々の間を風が通り抜けるように配置されています。そして、墨のグラデーションによって光の強弱をあらわして、霧に包まれた松林を生み出しているのです。
さまざまな工夫と技法によってあらわされたこの松林には、霧の晴れ間から柔らかな光が差し込んで、遠く雪山がのぞき、冷たく湿った空気が漂います。艶(つや)やかな墨の色と相まって、風の流れや森の清清しい香りまで実感できるでしょう。
等伯は松林という日本の伝統的なモティーフを、中国絵画から学んだ水墨表現によって描き出し、日本の風土の豊かな形象をみごとにあらわしているのです。
勢いのある筆の動きと墨(すみ)の濃淡だけで、靄(もや)のなかに浮かび上がる松林を表現しています。
じっと見ていると、立ち込める靄が動いたり、光がこぼれたり、ざわざわと風の音がしたりしませんか?松の木の形を緻密(ちみつ)に写すというよりは、その場の空気をリアルに感じられるところがこの作品の魅力、日本水墨画の最高峰といわれる理由です。
よく見ると、松林の奥には、遠く雪山が薄っすらと描かれています。季節は冬へと向かう晩秋でしょうか、それとも雪解けの春でしょうか。描かれたのは、等伯(とうはく)の故郷、能登半島の浜辺にある松林だという説もあれば、古くからの画題である天橋立(あまのはしだて)や、三保(みほ)の松原(まつばら)ではないかという説もあります。そのほかにも、この絵にはいくつかの謎が指摘されています。向かって右の屏風、右隻(うせき)の右端で切れた松が、左隻(させき)の左端に描かれた枝先につながっているように見えます。つまり、元は左右が逆だったのではないか。紙の継ぎ目が横一線につながらないことや、通常より粗末な紙を使っていることから、実は下絵だったのではないか。いやいや、それにしてはいい墨を使っている、など、研究者の間では様々な意見が出されています。もちろん正解はありません。見る人それぞれの感性で、それぞれの心の風景とリンクさせながら、じっくりと味わってみてください。
そこで、この絵を見るコツをひとつお教えします。屏風の前に立ったら少し前後に動いて、絵の中の地面と、自分の立っている床面とが重なるところを探してみてください。まるで絵の中の松林に入っていくかのように感じられるはずです。
収録されているデータベース
ColBase
ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システムは、国立文化財機構の4つの国立博物館(東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館)と一つの研究所(奈良文化財研究所)の所蔵品を、横断的に検索できるサービスです。
最終更新日
2026/03/16