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平治物語絵巻 六波羅行幸巻 “The Emperor Escapes to Rokuhara” from The Illustrated Tale of Heijiへいじものがたりえまき ろくはらぎょうこうのまき

解説

 合戦絵巻は後白河法皇を中心とする貴族社会で誕生した。これは合戦絵巻を代表する優品で、平治の乱(1159)を題材とする軍記物語『平治物語』を描いた大部な絵巻の一部。この巻は、平清盛らが二条天皇を六波羅の清盛邸に迎える内容を描く。 


 平安時代末期の平治元年(1159年)、権力をめぐる2人の公家、藤原通憲(ふじわらのみちのり)と藤原信頼(のぶより)の争いが、武家の平清盛(たいらのきよもり)と源義朝(みなもとのよしとも)の武力抗争に発展した平治の乱を描いた合戦絵巻です。
 「平治物語絵巻」は現在、アメリカのボストン美術館、東京の静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)美術館、そして東京国立博物館がそれぞれ1巻ずつ所蔵しており、ほかに断簡十数枚が残されています。
 当館が所蔵するこの六波羅行幸巻は、源氏方に幽閉された二条天皇(にじょうてんのう)が女房の衣装を身に付けて御所をひそかに脱出し、平清盛の六波羅邸へ迎えられる場面を描いています。
 まず全体を見渡してみてください。人物の集団の大小、その配置の仕方、動きのある構図による群像表現が見事です。次に、細部を見てみましょう。武士たちのきゅっと引き締まった脚など躍動する肉体の表現。叫んだり、笑ったり、くやしがったり、豊かに描き分けられた人物の表情。きびきびした描線と美しい色彩によって動乱の緊迫したシーンをみごとに描ききっています。この絵巻は当時最高の絵師集団によって描かれたものでしょう。
 ところで、このすばらしい絵巻を作らせたのはどんな人だったのでしょうか。貴族たちが白く端正な顔立ちで描かれているのに対して、武士はどんぐり眼(まなこ)に鷲鼻(わしばな)の下卑た様子で描かれています。さらに、よく統率された武士たちがかしこまっている様子は、この絵巻を描かせたのが公家の側であったことを物語っています。公家から武家へ、政治の大転換期を記録する歴史絵巻を描かせたのは、政治の舞台から去る公家の側でした。せめて絵巻の中では、武士たちをこんなふうにコントロールしていたかったのかもしれません。


 平安時代末期の平治元年(1159)、政治の実権をめぐる藤原通憲(ふじわらのみちのり)(信西(しんぜい))と藤原信頼(ふじわらののぶより)の争いが、平清盛(たいらのきよもり)と源義朝(みなもとのよしとも)の武力抗争に発展した平治の乱を描いた合戦絵巻です。
 「平治物語絵巻」は現在、三条殿夜討巻(さんじょうどのようちのまき)(ボストン美術館蔵)、信西巻(静嘉堂文庫美術館蔵)、そしてこの六波羅行幸巻の三巻と、断簡十数葉が残されています。六波羅行幸巻は、源氏方に幽閉された二条天皇(にじょうてんのう)が女房の姿で内裏をひそかに脱出し、清盛の六波羅邸へ迎え取られる場面を全四段に描きます。
 ひし形をはじめとする様々な群像で武士団をとらえる構図。均直な屋台線。表情豊かな登場人物たち。どこを見てもため息が出るようなその技量は、当時最高の絵師集団によってこの絵巻が作られたことを物語っています。
 詞書(ことばがき)を見てみると、随所に波打ったような文字が散見されます。この特徴的な「震え筆」は弘誓院教家(ぐぜいいんのりいえ)(1194~1255)晩年の筆跡と考えられ、この絵巻の制作も13世紀半ば頃と想定されています。

メタデータ

教育

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非商用

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商用

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収録されているデータベース

ColBase

ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システムは、国立文化財機構の4つの国立博物館(東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館)と一つの研究所(奈良文化財研究所)の所蔵品を、横断的に検索できるサービスです。

2026/07/20