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為家本時代不同歌合絵 Illustrated Competition between Poets of Different Eras (Fujiwara-no-Tameie Version)ためいえぼんじだいふどううたあわせえ

解説

異なる時代の歌人たちを合わせた、後鳥羽*ごとば*院(1180~1239)撰「時代不同歌合」に登場する歌人たちを描く。もとは絵巻だったものを画帖に仕立てたもの。墨線のみで描かれた「白描画*はくびょうが*」で、歌人たちの顔は「似絵*にせえ*」と呼ばれるスケッチ風のタッチで描かれている。


歌合(うたあわせ)とは、歌人を左右にわけて、その歌を一首ずつたたかわせ、優劣を競う遊びです。
この作品は、左に古今集(こきんしゅう)、後撰集(ごせんしゅう)、拾遺集(しゅういしゅう)の歌人、右に後拾遺集(ごしゅういしゅう)、金葉集(きんようしゅう)、詞花集(しかしゅう)、千載集(せんざいしゅう)、新古今集(しんこきんしゅう)の歌人、いずれも歴代の天皇が命じてつくらせた勅撰集に登場する一流の歌人たちを登場させる架空の歌合せです。平安時代前期の在原業平(ありわらのなりひら)と平安時代末期の西行法師(さいぎょうほうし)など、時代の違う歌人の歌を合せているところが、この歌合せの面白さでしょう。
この趣向を凝らした歌合せを編纂したのは、平安時代の末、源平争乱のさなかに即位し、その後院政を行なった後鳥羽院(ごとばいん1180~1239)です。後鳥羽院は、「新古今集」の編纂を命じ、自らもその編纂に関わったと伝えられるなど、院政期の王朝文化のリーダーとして知られています。しかし院は、承久(じょうきゅう)の乱に破れて隠岐(おき)に流され、そのまま非業の死を遂げました。死後、後鳥羽院は怨霊として人びとから怖れられました。その霊をなぐさめるために歌合せに絵をつけ絵巻にして法要を行なったのが、このような歌合せ絵の始まりで、その後さかんに作られるようになりました。
なかでもこの作品は、鎌倉時代にさかのぼる古い例で、上巻がすべて残っている唯一の遺品です。よく見ると、歌人の顔はそれぞれ個性的で、その人らしく、似せて描こうという意識があったことがうかがえます。

メタデータ

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2026/07/20