解説
刺繡(ししゅう)のように見える向鶴菱模様は、絵緯糸(えぬきいと)で織り出されたもの。平金糸が織り込まれていない古様を示す、江戸時代前期の優品である。女性役であっても、山姥のような鬼系の役柄には、このような幾何学的な強い模様の唐織や厚板が好まれた。
これは、唐織とよばれる能装束です。唐織とは、主に女性を演じる際に着用する表着(うわぎ)のことで、もともとは織物の名称でした。刺繍のように糸が浮いた風合いが特徴です。落ち着いた色調で、菱形の中に鶴が向かい合った模様があらわされています。このように細かい繰り返しが多くはっきりとした幾何学模様は、優しい女性ではなく、山姥のような、鬼の形相をもった力強い女性の役柄に着用されることが多いものでした。
これより前、室町時代後期から安土桃山時代にかけては、明るい紅、白、萌黄色の地に花や木の模様が表された唐織が多くありました。その後、慶長期から江戸時代初期にかけて、全体の色調が暗くなり、模様も宮廷貴族がよく用いた格調高い、幾何学的なくり返しの模様に変わりました。この唐織は、その慶長期の特徴をよく表しています。このあと、元禄期に金糸を織り込んだいわゆる金唐織(きんからおり)が登場するまでの、初期の唐織の特徴をしめす貴重な例です。
収録されているデータベース
ColBase
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最終更新日
2026/07/20