虎丘紹隆宛印可状(流れ圜悟) Certificate of Recognition for Huqiu Shaolong (Called “The Flotsam Yuanwu”)くきゅうじょうりゅうあていんかじょう ながれえんご
解説
弟子の虎丘紹隆(1077~1136)に与えた墨跡の前半部。伊達政宗(だてまさむね)の所望により春屋宗園(しゅんおくそうおん)と古田織部(ふるたおりべ)が相談し二つに切断し、後半は伊達家に伝えられた。弟子の免許皆伝を証明する印可状とされるが、本来は圜悟の仏法に対する考えを述べた法語と解釈されている。
禅宗は座禅を通した体験を重視する仏教の宗派です。日本では禅宗の僧侶の書を墨跡と呼んでいます。この墨跡は、中国の僧侶、圜悟克勤(えんごこくごん)が弟子の虎丘紹隆(くきゅうじょうりゅう)に対し、禅の教えを授けたことを証明するために与えた「印可状」の前半部分です。禅がインドから中国に渡り、宋時代に及んで分派した経緯を述べ、禅の精神を説いています。
筆者の圜悟克勤(えんごこくごん)は北宋の徽宗(きそう)皇帝や、南宋の高宗皇帝からあつく敬われた、宋時代を代表する禅僧で、育てた弟子の中には、大慧宗杲(だいえそうこう)や虎丘紹隆(くきゅうじょうりゅう)などの名僧がいます。
型にとらわれぬ伸びやかな書きぶりのなかにも、厳格な修行をの末に行き着いた、飾らぬ、枯れた味わいがあります。墨跡としては最も古い部類に属し、筆者の禅僧としての偉大さとあいまって、古くから墨跡の名品とされてきました。禅の思想は茶道とも結びついたことから、墨跡は茶室に掛ける「茶掛け」として欠かせないものとなり、大坂・堺の豪商茶人である谷宗卓(たにそうたく)や、松江藩主で茶人としても名高い松平不昧(まつだいらふまい)が一時は所有するなど、名だたる茶人にも珍重されたのです。桐の筒に入って薩摩の坊津(ぼうのつ)海岸に流れ着いたとの伝承から、「流れ圜悟」(ながれえんご)の異名をもちます。
収録されているデータベース
ColBase
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最終更新日
2026/06/15