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九州沿海図(小図) Map of Kyushu (Small-sized map)きゅうしゅうえんかいず

解説

文化6年(1809)から8年にかけての第一次九州測量の成果に基づく小図(縮尺43万2千分の1)。その時点で未調査の肥前(ひぜん)、筑前(ちくぜん)、筑後(ちくご)の3か国分を欠いている。当館にはこの時の測量による中図1幅、大図21幅が併せて伝わる。


 19世紀の初め、伊能忠敬(いのうただたか)が日本全国を測量し、精密な日本地図を作成したことは、日本の歴史では有名な事象です。この地図は1809年から1811年の2年にかけ行われた第一次九州測量にもとづいて制作されたもので、九州とその沿海が、現状では南を上にして描かれています。忠敬は大図・中図・小図の3種類の縮尺の地図を製作しましたが、この図はそのうちの小図、つまり縮尺432,000分の1の図です。ただし現在の長崎県・佐賀県ほぼ全域と、福岡県の一部が描かれていません。この測量のさいには、そこまで足が及ばなかったのです。海岸線、土地の高低、方位が正確に示され、山や川、道路や港、城や寺院など細かい名称も記入されており、その精密さは現代の地図とくらべても見劣りしません。線や色なども丁寧で、絵としても見ごたえがあります。
 1800年、56歳という、当時としては決して若くない年齢から始めた伊能忠敬の全国測量の旅は、日本全国をエリアに区切って計10回、17年の歳月をかけ行われました。忠敬を中心とする測量隊は専用の器具を携帯して本全国を歩き、測量の成果をもとに各地の地図を作製し、江戸幕府(えどばくふ)に提出しました。1818年、忠敬没後も、弟子たちは忠敬の遺志をついで測量の成果を地図にまとめあげ、1821年、大図214枚、中図8枚、小図3枚の計225枚を集大成し幕府に提出しました。この時幕府に提出した図は、残念ながら1873年に火災ですべて焼けてしまいましたが、同じ測量データを元にした「副本」(ふくほん)、すなわち提出した集大成と同じくらいに高品質の図や、集大成以前に幕府に提出した図が残っています。東京国立博物館はこうした高品質の副本を多数所蔵しており、この九州沿海図(小図)もその一つです。

メタデータ

教育

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収録されているデータベース

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ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システムは、国立文化財機構の4つの国立博物館(東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館)と一つの研究所(奈良文化財研究所)の所蔵品を、横断的に検索できるサービスです。

2026/07/20