解説
日本に仏像が伝わって少したったころ、7世紀の飛鳥時代後期につくられた木の仏像です。もとは奈良の法隆寺(ほうりゅうじ)に伝わりました。
この時代の仏像で今に伝わるものは数が限られます。なかでも木の像はとても貴重です。この像はクスノキという香りのよい木からつくられています。これは、仏像は香りのいい木からつくりなさいという、インドから伝わったきまりによるものです。
子どものような幼い顔は、ちょっと悲しげです。見方によっては、おじいさんのようにも見える不思議な仏像です。実は、この仏像と同じような表情が、今も法隆寺に安置されている重要文化財の六観音像(ろくかんのんぞう)や金堂天蓋(こんどうてんがい)の飛天(ひてん)に見られます。いずれも、天智9年(670年)に一度消失した法隆寺を再建したころにつくられたものと考えられています。
横から見てみましょう。胸を引いておなかを少し出す、くの字に曲がった体は、この時代の仏像の特徴です。もとは、頭の上に螺髪(らほつ)と呼ばれる渦巻状の髪の毛がびっしり付けられていたのですが、長い年月の間にそのほとんどが失われてしまったようです。
左の手のひらを上げて、正面に向けているのは、「おそれなくてよいですよ」という意味。右の手を下ろして前に差し出しているのは、「願いをかなえましょう」という意味。みなさんが仏像をご覧になるときに、よく見かける手の形だと思いますが、一般的な像とは左右が逆になっています。
ゆるやかなS字状の姿勢や奥行きの薄い体つきの表現は、飛鳥時代の仏像の特徴です。とくに子供のような顔立ちは、飛鳥時代後期にみられる要素です。同時代の仏像は金銅仏が多いなか木彫像は珍しく、霊木として信仰されることもあったクスノキでつくられています。
収録されているデータベース
ColBase
ColBase: 国立文化財機構所蔵品統合検索システムは、国立文化財機構の4つの国立博物館(東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館)と一つの研究所(奈良文化財研究所)の所蔵品を、横断的に検索できるサービスです。
最終更新日
2026/03/30