解説
鎌倉時代の『古今目録抄』に、「五歳六歳御持物、水精、琥珀、石取、水瓶形、双六調度形、露形、水火共取玉最大也」と記され、聖徳太子幼少の頃の愛玩品と伝えられる。水晶を立方体に仕上げた玉で、お手玉のような遊びに使われていた。(20070703_h14)(るび:ここんもくろくしょう)
聖徳太子が5~6歳のころに用いた遊び道具と伝えられる作品。現在は江戸時代に仕立てられた入れ物に、立方体に削られた水晶が16個納められています。
「石名取」(いしなとり)という言葉は平安時代の歴史文学である『栄花物語』(えいがものがたり)に「石な取り」として登場し、お手玉遊びの原型であったとも、ボードゲームの一種であったとも考えられています。お手玉の原型という説によると、これは「石なご」とも呼ばれる遊びで、床に石をまき、その一つを放り投げて、それが落ちてくる前に下の石を拾い、落ちてくる石もつかむというものです。一個二個と拾う数を増やしていき、より多くを取った者が勝ちとなりました。
ただし、この作品が実際に遊び道具として用いられたかは明らかではありません。
鎌倉時代の『古今目録抄(ここんもくろくしょう)』(N-18)に、聖徳太子が5、6歳の時分に所持していたと記されるもので、当時は幼少の頃の愛玩品と伝えられていました。火取水取玉には網状の組紐(くみひも)が付属していることから装身具として使われたようです。また、屈輪彫漆合子(ぐりちょうしつごうす)に納められた石名取玉は双六(すごろく)などのゲームに使われたと考えられています。いずれも天保13年(1842)の『御宝物図絵追編(ごほうもつずえついへん)』に図があり、殊に火取水取玉の方は、花形皿(はながたざら)(N-118)に載せられて描かれています。
収録されているデータベース
ColBase
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最終更新日
2026/07/20