解説
五郎の死のちょうど1年前、昭和22年(1947)11月1日付で交わされた興行権譲渡の契約書。「曾我廼家五郎劇一座ノ支配人トシテ貴殿ニ興業権一式ヲ依任吏候」という冒頭で言及される、萩村鉄郎なる人物の来歴等は不詳。昭和16年(1941)11月の太夫元・豊島寅吉の死後、五郎は松竹専属となっていたが、この時期に至ってなぜ新たな代理人を立てることになったのかは不明だ。もっとも、翌年3月以降、五郎は喉頭がんの手術の予後が悪く入院したまま休演続きとなり、五郎劇の命運は再び松竹が握ることとなったから、この契約以降も萩村が活躍することはほとんどなかった。
収録されているデータベース
文化遺産オンライン
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最終更新日
2026/03/03