解説
昭和19年(1944)の興行成績掛軸。昭和18年(1933)のものは残されていない。昭和17年(1942)までの興行成績掛軸にはない「慰問」の文字が目につく。昭和19年2月に「決戦非常措置要綱」が閣議決定され、3月には歌舞伎座・新橋演舞場など大都市の19劇場が閉鎖されたので、これまでのように都市の大劇場で公演の最中に慰問公演を行なって工員や傷病兵等を無料招待するのではなく、地方の工場や病院に出かけて慰問公演を行うようになったからだ。備考欄の3月には「当劇団左ニ分割ス」とあって、五郎を座長とする五郎劇本体、大磯を座長とする別働隊がそれぞれ慰問に出かけることになったことが記されている。
収録されているデータベース
文化遺産オンライン
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最終更新日
2026/03/03