解説
硬い紙の茶の表紙にはSCRAPBOOKと印刷されているだけで、中身も月日のみ記されて年が記されていないが、「敵艦見ゆ」や十郎の追善劇についての新聞記事の切り抜きが最初に貼られており、これらが7月の記事と記されていることから、昭和10年(1935)からの記録だとわかる。昭和11年7月の大阪歌舞伎座公演の宣伝が切り抜かれていること、また昭和9年11月25日に亡くなった五郎の糟糠の妻ヤスヱの三回忌の墓参の記事が出ていることから、昭和10年・11年の新聞記事の切り抜きであることがわかる。
硬い紙の茶の表紙にはSCRAPBOOKと印刷されているだけで、中身も月日のみ記されて年が記されていないが、「敵艦見ゆ」や十郎の追善劇についての新聞記事の切り抜きが最初に貼られており、これらが7月の記事と記されていることから、昭和10年(1935)からの記録だとわかる。昭和11年7月の大阪歌舞伎座公演の宣伝が切り抜かれていること、また昭和9年11月25日に亡くなった五郎の糟糠の妻ヤスヱの三回忌の墓参の記事が出ていることから、昭和10年・11年の新聞記事の切り抜きであることがわかる。