解説
ボール紙に布張りの表紙に「御奉公」「足跡集」「曾我の家」とある。昭和6年(1931)9月、満州事変が始まる頃から、五郎は数々の国策に協力するようになる。傷病兵や工員の慰問のため各地の陸海軍病院や軍需工場に赴いて公演を行っただけでなく、軍需品購入のため献金を醵出(きょしゅつ)したり、「弾丸切手」とよばれる、戦費調達のため発売した、抽選くじ付きの郵便貯金債券の売りさばきに協力したりもした。「御奉公足跡集」は、五郎のその功労を讃え軍や官公庁、市町村の長などが送った感謝状を保存したもので、34点が残されている。その一つに『銃後の大阪』感謝状がある。「恤兵(じゅっぺい)映画」とは、前線で戦う兵士の慰安のために作られた映画のこと。映画『銃後の大阪』のうち、五郎劇の舞台「へちまの花」を記録した一部はマツダ映画社が保存している。
収録されているデータベース
文化遺産オンライン
国や地方の有形・無形の文化遺産に関する情報を公開することなどを目的とした文化遺産のポータルサイト。文化庁と国立情報学研究所が、共同で運営しています。
最終更新日
2026/03/03