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解説

1788年から江漢は徒歩で長崎への旅に出ます。彼は道中で出会った人々に銅版眼鏡絵を鑑賞させました。たとえば、ある人足にこの両国橋図などを見せましたが、あきれて、これが本当の江戸の風景とは信じなかったそうです。銅版の細かな描線で描かれた江戸のにぎわいは当時の地方の人々にとっては驚き以外の何物でもなかったのでしょう。また、江漢はこの旅行で大坂の木村蒹葭堂(1736〜1802、大坂北堀江で酒造業を営みながら、奇書珍籍・奇物を多く集め、学者としてもその名を広く知られた)のもとを訪れ、この銅版両国橋図を見せ「誠に日本創製なり」と感心させました。これは彼にとって風景画家としての大きな自信となったことでしょう。 本図は反射式眼鏡絵として制作されたので、当然、左右反対の構図となっています。前景部は隅田川の西岸の繁華街を描いています。両国橋の南から北方を望む構図で、遠くに浅草寺の堂塔が見えます。武蔵・下総の2国の間に架けたことにちなむこの橋の名前を、司馬江漢はオランダ語風にTWEELANDBRUKと記しています。誇張気味に描かれた両国橋の上には、銅版の細密描写を活かしてびっしりと群衆が描かれています。 【江戸の絵画】

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2026/05/01