解説
昭和31年10月の国体サッカー競技開催に向けて改修されたグラウンドが見えています。グラウンドのスタンド後方(写真左奥)には昭和40年に中央体育館が建設されます。市民運動場(現・中央運動公園)は皇紀2,600年記念として設置されました。神話にもとづく日本の建国から数えて2,600年にあたる昭和15年2月11日は、戦争の長期化により疲弊した国民への戦意高揚の絶好の機会とされて全国的に盛大な記念式典や行事が催されました。西宮市では市内複数の企業から多額の寄付があり、公会堂や武徳殿、市民運動場などの設置が決定しました。しかし国が計画する新幹線(通称 弾丸列車)の予定路線が市民運動場の計画敷地内を通過することになり、当初の予定より少し北にずらし、現在の位置に決定されました。昭和17年に地鎮祭と起工式が行われ、完成は昭和19年3月でした。昭和40年に中央体育館、45年にスポーツセンターが完成しました。
収録されているデータベース
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最終更新日
2026/08/10
