解説
境内にある昭和5年建立の岩木公寛謹誌の改築記念の石碑によれば、天正10年(1582)4月、神殿を同区久保の下に造営して熊野宮を勧請、その後天正13年(1585)11月15日、神殿を今の地に遷し、改めて太宰府天満宮の分霊を勧請した。 祭神は菅原道真神。祭日は12月15日。 境内の拝殿向かって左に八龍天神(石碑)がある。石祠の中に「八龍王」と刻んだ自然石が祀られている。この石神はもと、水次と山崎の間の八龍という地にあったものを、明治時代にここに遷したといわれている。 『肥後国誌』に「天満宮。祭十一月十五日。社帳には天正十一年勧請。里俗云、天正十三年乙酉十一月十五日太宰府より勧請。五十年毎に年限祭執行す」また、「天神八社あり。里俗水次の八天神と言う」とある。
収録されているデータベース
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最終更新日
2026/07/20
