解説
備中成羽藩は因幡国若桜から山崎家治が入封し成立した。その後、家治は肥後国天草に移ったが、次男で分家の豊治が5千石の旗本として故地に戻り、明治維新までこの地を領した。豊治が菩提寺として建立したのが桂厳寺である。境内には、豊治以降の歴代領主の墓石や供養塔が整然と並んでおり、旗本家墓所の形態を示している。
収録されているデータベース
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最終更新日
2026/07/20
