解説
標高60m以上の尾根を城域とする近世城郭跡。瀬戸内の軍事、海運の拠点として、16世紀には既に宇喜多氏の城砦が築かれていたとされている。関ヶ原の戦いの後、池田家により近世城郭が整備された。尾根は堀切を境として東と西とに分かれている。西の尾根には城の主体である本丸、二の丸、三の丸、西の丸などを置き、東の尾根にも出丸が配置されている。江戸初期の一国一城令により廃城となった。
収録されているデータベース
デジタルアーカイブシステムADEAC
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最終更新日
2026/07/20
