解説
発掘調査により、南門・中門・金堂・講堂・僧房が一直線に、塔は金堂の南東に配置されていることが確認された。寺域は東西約180m、南北約200mと推定されている。聖武天皇による国分寺・国分尼寺建立の詔勅により、奈良時代後半に建立された。講堂・回廊は平安時代末に火災で焼失し、講堂は鎌倉時代以降に再建され、南門とともに16世紀後半まで存続していたと考えられる。塔跡には塔心礎が一つ残っており、その上には鎌倉時代に建造されたと思われる約3メートルの石塔が建っている。
収録されているデータベース
デジタルアーカイブシステムADEAC
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最終更新日
2026/07/20
