解説
1868(明治元)年9月22日会津藩は降伏し、同年10月1日若松に占領地支配に当たる民政局が設置された。翌年5月4日に民政局が廃止され、廃藩置県に先立って若松県が設置された。1871(明治4)年7月10日に廃藩置県が行われ、同年11月若松県は57の区に分けられた。第一区大町組、第二区馬場町組、第三区新町組、第四区後町組、第五区川原町組の戸長と大年寄は兼務、第六区栄町組には戸長と大年寄が置かれた。それぞれの区に属する組には肝煎、月番が置かれた。さらに、1873(明治6)年1月27日には、各郡を一大区とし、若松県下を四大区に分け、小区を九十六とした。若松町は第一区会津郡に属し、六つの小区から成り立っていた。そのうち第一小区は、栄町一丁目~四丁目・桂林寺町・老町・南町分・赤井町・諏訪町四ツ谷が属していた。
収録されているデータベース
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最終更新日
2026/07/20
