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明治初年若松町屋絵図 8 : 第四区後町組三十一番組 メイジショネン ワカマツマチヤエズ : ダイヨンク ウシログミ サンジュウイチバングミ

解説

1868(明治元)年9月22日会津藩は降伏し、同年10月1日若松に占領地支配に当たる民政局が設置された。翌年5月4日に民政局が廃止され、廃藩置県に先立って若松県が設置された。1871(明治4)年7月10日に廃藩置県が行われ、同年11月若松県は57の区に分けられた。第一区大町組、第二区馬場町組、第三区新町組、第四区後町組、第五区川原町組の戸長と大年寄は兼務、第六区栄町組には戸長と大年寄が置かれた。それぞれの区に属する組には肝煎、月番が置かれた。この絵図には、三十一番組(桂林寺町、老町)が描かれている。『若松県管轄人員録』(明治4年12月28日改)によると、三十一番組は第四区後町組に属し、戸長・大年寄は簗田宗一が務めた。三十一番組の肝煎は二瓶五郎三郎が務めた。

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2026/07/20