解説
土津神社所蔵(福島県立博物館寄託)である束帯姿の「保科正之像」を阿部逸山が模写したもの。 保科正之(1611~1672)は二代将軍徳川秀忠の末男。養家の保科家への恩義を保ちながら、終生臣下の立場から徳川の世を支えた。正之は晩年に松平の称号と葵紋の使用を辞退したといわれるが、その理由の一つは保科家に対する恩義からであったとされる。 この画像は狩野探幽(1602~1674)によるもので、「宮内卿法印探幽筆」の落款がある。探幽筆の正之像は現在三点確認されており(束帯姿二点・平服姿一点)、その内の一点。平緒には保科家の角九曜紋が描かれている。なおもう一幅の束帯姿の画像はほとんど同じ構図であるが、平緒の角九曜紋を笏で隠している。 鬢や髭に白いものが交じり、家綱の後見となった以降のものである。 【引用資料】『保科正之の時代 生誕四〇〇年記念』(福島県立博物館編・発行、2011年)、p11
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最終更新日
2026/07/20
