解説
山あげ行事は、永禄3年(1560)に時の烏山城主那須資胤が城下五町の鎮守として牛頭天王(素盞鳴命)を八雲神社にお祠りし、天下泰平・五穀豊穣・疫病退散を祈願したことが起源といわれています。祭礼は当初、奉納余興として相撲や神楽獅子等が行われ、現在の形式になったのは江戸時代末期頃であります。祭礼は、六町内が輪番で行い、各町内は精功な彫刻を施した屋台や大道具をもっています。 山あげの山は所作狂言の背景であり、路上約100mの間に、大山・中山・前山・館・松・波などを配置し、その前に設けられた舞台で町の踊り娘が美しい舞を披露します。山の組み立て、移動には約150人もの若い衆の力が必要であり、その一糸乱れぬ団体行動は祭りの見所の一つであります。 所作狂言の主な演目としては、将門・戻橋・宗清・忠信・梅川・関の扉・蛇姫様などがあります。 平成28年12月に「山・鉾・屋台行事」の一つとして、「鹿沼今宮神社祭の屋台行事」等とともに、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。
収録されているデータベース
とちぎデジタルミュージアム”SHUGYOKU”(国・県指定等文化財)
「とちぎデジタルミュージアム”SHUGYOKU”(珠玉)」内の国・県指定等文化財データベースです。日光二社一寺(日光二荒山神社、日光東照宮、日光山輪王寺)の宝物をはじめ、栃木県内の文化財を高精細画像と併せて検索・鑑賞できます。
最終更新日
2026/06/15