東京大学附属図書館特別展示「東大総長 南原繁 ~その横顔とともに~」
令和7(2025)年度東京大学附属図書館特別展示会の電子展示サイト
目次
ご挨拶
東京大学附属図書館では、毎年、全学で所蔵する貴重な資料を学内外の皆様にご覧いただくため特別展示を行ってきました。総合図書館の耐震改修工事とコロナ禍による休止を経て、令和4(2022)年の8年ぶりの再開から4回目となる今年は、「東大総長 南原繁~その横顔とともに~」を開催いたします。
戦後80年を迎える今年、戦後初の東大総長である南原繁(以下、南原)を取り上げ、南原の足跡と共に東京大学の視点から見た終戦とその後を、資料から振り返る機会としています。安田講堂における演述などまさに東大を主たる舞台として、戦後の数々の場面で力強く重要な発信をしてきた南原は、政治学者・思想家であるとともに、現代日本社会の指導者の一人でもありました。
本展示では、南原の言葉・考え方を多彩な資料から紹介すると共に、戦後の言動・活動と比較してこれまであまり世の中に知られることのなかった、戦前における内務官僚としての足跡、幼少期を過ごした故郷香川や母親への思いなど、南原の生涯全体を多角的に紹介しています。
具体的には、総合図書館のほか法学部、教養学部など南原が関係した部局の資料や、本学文書館が南原家から寄贈を受けた「南原繁関係資料」を取り上げ展示しています。また、こうした資料以外にも、東京大学新聞の掲載記事をパネルで提示し、さらに南原が初代会長を務めた東京大学出版会等、本学の関連機関と連携した展示を行うことにより、「東京大学」を本展示の切り口の一つとしています。さらに、故郷への思いを著した書物や短歌を中心とした、「演述」とは異なる南原の文学作品等を取り上げながら、南原の人物像を立体的なものとして残そうと試みました。南原の短歌については、従来取り上げられてきた晴(ハレ)の場の作品だけでなく、人間的な深みのある褻(ケ)の作品も、私自身の目で選び、鑑賞するなどしてみました。これらすべてを本展示にて体感していただければ幸いです。
今回の展示は、附属図書館副館長である本学法学政治学研究科苅部直教授の監修により開催いたします。苅部教授はさらに記念講演も実施いたします。みなさまには展示とともに講演もぜひお楽しみいただければと思います。
令和7年10月
東京大学附属図書館長
坂井 修一
「東京大学総長 南原繁 ~その横顔とともに~」展について
今年、2025(令和7)年は、戦後80年の節目にあたります。東京大学もまた、戦後改革にともなう政治・社会の大きな転換のなかで、旧制の「東京帝国大学」から、新制の「東京大学」に姿を変えました。それは単に名称が変わっただけではありません。戦争の苦い経験を反省して、教育と研究の体制を刷新することを通じ、社会との関係を新たに作り直す営みでした。その改革が、全国のさまざまな大学における試みに影響を与えたことも、重要な事実です。
南原繁(1889・明治22年~1974・昭和49年)は、終戦直後、1945(昭和20)年12月に総長に就任し、新制の東京大学の初代総長となった政治哲学者です。政府の教育制度改革にも携わって高等教育の新たな制度を作りあげ、学内では学部・研究所の組織と教育体系の両者に関する再編を主導しました。また、法学部教授として日本における政治学史(西洋政治思想史)研究の草分けとなって後進を導き、1930年代、政府・軍部が大学に圧力を加える困難な時期に、研究と教育の自由を守る努力を重ねていました。戦後社会にむけて平和主義・民主主義を唱える言論人としての活躍、歌集『形相』を代表作とする歌人としての創作活動についても、広く知られています。
本展示は、学内の他部局やご遺族のご協力も得ながら、貴重な草稿や写真、また稀覯書も含む書籍類を一覧に供し、その活動の全体像を伝える試みです。まもなく創立150年を迎える東京大学の歴史を念頭に置きながら、学問の意味について、大学のあり方について、デモクラシーと世界平和について、ともに考える手がかりにしていただければ幸いです。
令和7年10月
東京大学法学部教授 / 附属図書館副館長
苅部 直
第1章 東京大学と南原繁
南原繁は、東京帝国大学法学部を卒業したのち、いったん官僚として内務省で働く経験をへて、1921(大正10)年、大学に戻って法学部助教授となり、政治学政治学史第二講座(政治学史)を担任しました。1925(大正14)年には教授に昇任、昭和の戦争末期の1945(昭和20)年3月には法学部長に就任しています。
南原が助教授になった1921年は、大正デモクラシーと国際平和の風潮の全盛期。しかし、教授になってまもなく、昭和の時代に入ると、国内では恐慌と激しい階級対立、対外的には満洲事変に始まる戦争が展開し、激動の時代となります。東京帝国大学の中でも、左右の学生団体が激しく衝突した時代から、左派の勢力が壊滅し、政府と軍部が大学に圧力をかける時代へと、風潮が目まぐるしく変わります。そのなかで南原は、「洞窟の哲人」と呼ばれるほど熱心に政治思想史研究に打ち込み、他面でさまざまな学内問題に対処していました。戦争末期に同僚たちとともに終戦工作に奔走したことは、現在ではよく知られています。学生の教育にも情熱を傾けていたことが、演習のコンパの写真や、戦争に出陣する学生に向けた講演から伝わってきます。
戦後は一転して民主主義の時代に。南原は総長として新制大学の制度づくりを主導するとともに、総合雑誌への寄稿や講演活動を通じて、広く社会に主張を発信する言論人へと変貌します。対戦国との講和問題に関して全面講和論を提唱し、時の首相、吉田茂と対立したこともありました。大学教員としての南原の人生は、政治と社会の広い動きと関わりながら、再出発を繰り返したのでした。
1章1節 法学部教員として
南原繁が法学部教員(当時の呼び名では「教官」)として最初に担当した講義は「国際政治学序説」。日本全国の大学でもおそらく最初に行われた国際政治の講義です。イマヌエル・カントの著作『永遠平和のために』を読み解き、さらにカントの主張をも超えるような国際秩序の構想を提示した論文「カントに於ける国際政治の理念」(1927年)は、その講義をもとにしたものと思われ、国際連盟が発足した直後の時期における、平和主義の国際世論の高まりを背景にしています。戦時中の著書『国家と宗教』(1942年)にこの論文を第3章として再録したことは、進行中の戦争に対する南原の鋭い批判を示しています。『国家と宗教』はまた、ナチズムを支持した法学者の著作や、京都学派の哲学者による国家論に対する批判を展開しており、戦時中の言論統制のもとで刊行できたのが不思議なほどの内容でした。
南原が法学部教員として長年担当した講義は「政治学史」と「政治学(政治原論)」。両者は戦後になって『政治理論史』(1962年)、『政治哲学序説』(1973年)という著書にそれぞれまとめられていますが、講義の骨格は戦前、戦後を通じて変わっていません。現実の変化に揺らぐことのない、政治思想の一貫性がそこに現れています。「国民共同体」の一体性に基礎を置き、全体の共生に関わる「正義」の実現として政治を意味づけながら、他面で個人が真・善・美の価値を追求し、信仰に生きる内面の自由が確保されない限り、政治は真っ当なものとして成り立たないと考える。全体主義の脅威と世界戦争・冷戦の時代に南原が説いたのは、そうした独自の政治哲学でした。
南原の考えでは「国民共同体」もまた、それを超える国際秩序の形成に積極的に関わり、世界平和の促進に努めない限り、本当の共同体として成立しえない。『国家と宗教』に見える世界平和の構想も、戦後における全面講和論の提唱と冷戦体制に対する批判も、その一貫した国際政治思想に基づくものだったのです。
- 【資料02】Kleinere Schriften zur Geschichtsphilosophie : Ethik und Politik (Philosophische Bibliothek ; Bd. 47/1) 2 Aufl.
Immanuel Kant F. Meiner 大正11(1922)年 東京大学法学部研究室図書室蔵 「カントに於ける国際政治の理念」および『国家と宗教』第3章「カントにおける世界秩序の理念」には、フェリクス・マイナー出版 "Philosophische Bibliothek" のカント全集を引用したことが記されている。展示資料は、南原が重視した "Zum Ewigen Frieden : Ein philosophischer Entwurf"(永遠平和のために)が収録された巻。
- 【資料03】南原繁 : 昭和22年度政治学史講義録
南原繁講述 ; 鬼沢正筆記 ; 山口周三清書 ; 関谷昇校閲 山口周三 平成20(2008)年 東京大学総合図書館蔵 法学部学生に向けた講義の筆記録。「政治学史」は南原の担当科目であり、総長就任後も続けていた。戦後復興期における南原の思想を伝える貴重な記録。
- 【資料04】〔ノート〕 政治学史 : 自17年10月
南原繁講述 ; 髙浦昭筆記 昭和17(1942)年頃作成 東京大学文書館蔵 当時法学部政治学科学生、髙浦昭が記した南原の講義ノート。戦時中は、政治原論の講義が「欧州政治原理」に改称を余儀なくされるなど、政府と社会による圧力が大学教育にも及んでいたが、それをはねのけ、従来どおりの学問的な内容を堅持していたことが窺える。
- 【資料05】〔写真〕 S16.12.13 南原ゼミのコンパ
昭和16(1941)年撮影 東京大学文書館(柏分館)蔵 太平洋戦争開戦直後、ゼミ生たちとのひとときを写した貴重な一枚。当時、法文一号館一階にあった演習室で撮影したと思われる。
- 【資料06】国家と宗教 : ヨーロッパ精神史の研究
南原繁著 岩波書店 昭和17(1942)年 東京大学法学部研究室図書室蔵 太平洋戦争中に刊行された南原初の著作。南原はアカデミズムの立場から、ナチズムの思想と京都学派の哲学に見られる国家偏重の傾向を批判した。その結実ともいえる本書は広く共感を呼び、初版5千部がたちまち売り切れた。展示資料は恩師・小野塚喜平次の旧蔵書。小野塚が本書を手にして喜んだ様子を、南原は「あり経つつ初めてつくりしわが書を師は手に持ちよろこび給ふ」と詠んでいる(『形相』)。
- 【資料07】学問・教養・信仰
南原繁著 近藤書店 昭和21(1946)年 東京大学総合図書館蔵 昭和18(1943)年、文系学生に対する徴兵猶予が停止され、学徒出陣が行われるに至った。同年11月には安田講堂で盛大な壮行会が行われたが、南原は学生を送り出すことが忍びず、出席しなかった。本書には、昭和20(1945)年5月、法学部長として出陣する学生たちへの贐として行った講演「ゲーテ『ファウスト』の課題」が収録されている。
- 【資料08】聞き書南原繁回顧録
[南原繁述] ; 丸山真男, 福田歓一編 東京大学出版会 平成元(1989)年 東京大学総合図書館蔵 戦争末期、南原は法学部長に就任した後、高木八尺、田中耕太郎、我妻栄、末延三次、岡義武、鈴木武雄ら法学部教授とともに、戦争終結に向け奔走した。説得の対象となったのは木戸幸一内大臣(1889-1977)、近衛文麿元首相(1891-1945)、若槻礼次郎元首相(1866-1949)らで、ねらい通りに早期に終戦が実現することはなかったが、ポツダム宣言受諾に至る手順は、結果として南原らによる構想と似たものとなっている。
- 【資料09】木戸幸一日記 下巻
木戸幸一著 東京大学出版会 昭和41(1966)年 東京大学法学部研究室図書室蔵 木戸幸一日記』には、昭和20(1945)年5月7日、6月1日、8月3日、終戦後の9月7日、10月11日に南原と高木八尺(1889-1984)が来訪、面談したことが記録されている。展示資料は、終戦工作に関与した法学部教授・我妻栄(1897-1973)の旧蔵書。
- 【資料10】聞き書南原繁回顧録
[南原繁述] ; 丸山真男, 福田歓一編 東京大学出版会 平成元(1989)年 東京大学法学部研究室図書室蔵 終戦直後の昭和20(1945)年9月、連合国軍総司令部(GHQ)による東大接収の動きが明らかとなった。南原は法学部長として、内田祥三総長(1885-1972)とともに接収阻止に尽力した。南原は後に、戦時中に大学本部を疎開させず、結果として軍事目的に使用されなかったことが接収を免れる決め手となったと述懐している。
- 【関連資料】政治学 政治史
資料01の関連資料。小野塚喜平次及び吉野作造による講述をまとめたもの。(国立国会図書館所蔵資料)
- 【関連資料】The Kido's Diary 1945 (25 May - 9 Dec)
資料09の関連資料。GHQ/SCAP Records, International Prosecution Section = 連合国最高司令官総司令部国際検察局文書の一つ。(国立国会図書館所蔵)
1章2節 総長として
終戦直後、南原繁は東大総長を務めるかたわら、貴族院議員として新憲法・皇室典範の制定に関して政府と議論を闘わせ、教育刷新審議会の委員に任命されて教育制度の改革に深く関わっています。とりわけ、従来の旧制高校や専門学校を廃止して、高等教育を四年制大学のみに一本化する構想は、占領軍との交渉の中で南原が発案し、その実現を主導したものでした。
新制の東京大学に教養学部が新設されたのも、これからの大学は専門教育に加えて「教養」の教育を重要な柱としなくてはいけないという南原の構想に基づくものでした。それは、米国のハーヴァード大学で行われた一般教育(general education)の改革や、マドリッド大学の改革に際して刊行されたホセ・オルテガ=イ=ガセットの著書『大学の使命』(原著1930年)を参考にしたものでしたが、かつての帝国大学が専門教育に集中した結果として、学生にも教員にも、幅広い視野と批判能力を失わせ、戦争へ向かう動きに同調させたことを、きびしく反省する意識に発しています。
南原は総長として大講堂(安田講堂)で行う講演を「演述」と呼ぶことを好みました。命名の由来は不明ですが、南原が少年時代から愛読し、しばしば言及した『論語』には「述べて作らず」という言葉があります。この場合の「述」は「先人が残した教えや学説を、そのまま明らかにしつつ伝える」(佐藤進・濱口富士雄編『全訳漢辞海』三省堂の語釈による)という意味。自分が語る見解は、遠くプラトンや孔子から語り伝えられてきた永遠の理想を、現代日本風に表現したものだ。そういう確信があったのかもしれません。「演述」の前には総長室でリハーサルを繰り返し、本番では原稿なしの暗記で話していたことが、語り伝えられています。
- 【資料11】日本とアメリカ
南原繁著 朝日新聞社 昭和25(1950)年 東京大学総合図書館蔵 昭和24(1949)年12月、米国ワシントンで行われた「第1回占領地域に関する全国会議」での演説「日本における教育改革の理想」を収載。この演説で全面講和を訴えた南原を、単独講和を進める内閣総理大臣・吉田茂は自由党議員の会合で「曲学阿世の徒」と批判したことが新聞で報じられた。これに対し南原は記者会見を開き、「学問の冒涜、学者に対する権力的弾圧」だと反論した。
- 【資料12】祖国を興すもの
南原繁著 帝国大學新聞社出版部 昭和22(1947)年 東京大学総合図書館蔵 戦後日本の精神的・倫理的再建を提言した演述集。南原は総長としての式辞・講演を「演述」と呼ぶことを好んだ。昭和21(1946)年2月11日(紀元節)における演述「新日本文化の創造」など7本を収載。昭和20(1945)年12月の総長就任後、大学での演述をまとめた演述集として初めて出版されたもの。
- 【資料13】文化と国家 : 南原繁演述集
南原繁著 東京大学出版会 昭和32(1957)年 東京大学総合図書館蔵 南原が総長就任期間中に刊行した5冊の演述集を収載。戦後日本をめぐる理想を論じた思想の集大成。「職業の倫理」は、昭和23(1948)年3月の卒業式での演述を記録したもので、「現代に欠けているものは、社会大衆の「職業の倫理」である」と語っている。
- 【資料14】〔写真〕安田講堂での総長演述
昭和24(1949)年撮影 東京大学文書館蔵 昭和24(1949)年安田講堂での総長演述の写真。この写真は南原の演述集をまとめた『南原繁著作集 第7巻』(資料15)の巻頭にも使われている。
- 【資料15】南原繁著作集 ; 第7巻. 文化と国家
南原繁 岩波書店 昭和48(1973)年 東京大学総合図書館蔵 『南原繁著作集』の中の1冊。この巻では、南原が総長時代に行った講演や演述を集録している。その一つ、「民主主義の文化的基礎」は、本著作集に初めて収載された昭和21(1946)年五月祭の演述である。南原は戦争によって中断していた五月祭を、この年から復活させた。
- 【資料17】〔写真〕卒業式
撮影年不明 東京大学文書館蔵 卒業式での写真。
- 【資料18】〔写真〕卒業式
昭和23(1948)年撮影 東京大学文書館蔵 昭和23(1948)年3月の卒業式で学生に囲まれる南原の写真。
- 【資料19】Mission of the university
Ortéga y Gassét José Princeton University Press 昭和19(1944)年 東京大学総合図書館蔵 スペインの哲学者、ホセ・オルテガ・イ・ガセット(1883-1955)による大学論の本。邦題「大学の使命」。南原が教育改革を進めるにあたり、この資料を参考にしたことが「日本における教育改革」(『南原繁著作集 第8巻』所収)などからうかがえる。
- 【資料20】眞理の鬪ひ
南原繁著 東大綜合研究会出版部 昭和24(1949)年 東京大学総合図書館蔵 昭和23(1948)年から昭和24(1949)年にかけた南原の演述をまとめた資料。南原から法学部教授・末延三次(1899-1989)への献辞が巻頭に付されている。
- 【資料21】真理の闘ひ
南原繁著 東京大学出版部 昭和26(1951)年 東京大学総合図書館蔵 昭和24(1949)年7月新制東京大学初の入学式での演述「大学の再建」など15本を収載。「大学の再建」では、教養教育の重要性と、そのために新設された教養学部への思いも語られている。
- 【資料24】東京大学応援部四十年史
編著者なし 東京大学応援部 昭和62(1987)年 東京大学総合図書館蔵 戦後の大学再建の一環としてスポーツの振興を掲げた南原は応援部の設立にも尽力し、昭和22(1947)年に東大応援部が発足する。この資料は、その応援部の設立四十年を記念して発行されたもの。
- 【資料25】東京大学応援部五十年史 : 平成九年度赤門鉄声会報特集号
編著者なし 東京大学運動会応援部赤門鉄声会 平成9(1997)年 東京大学総合図書館蔵 資料24と同じく、応援部の設立五十年を記念して発行された資料。
第2章 南原繁という人物
南原繁は香川県三本松の出身。旧制第一高等学校に入学したとき、初めて三本松から東京に出て「全く新しい世界を一高で発見したわけです」と回想しています(丸山眞男・福田歓一編『聞き書 南原繁回顧録』)。そして当時の校長、新渡戸稲造の講話によって、内面の修養に努力することを教えられたことが、内村鑑三のもとに入門し、無教会のキリスト教徒となる道を選ばせます。のちに『国家と宗教』の第2章に収められる論文「プラトンの理想国と基督教の神の国」は、内村による雑誌『聖書之研究』の終刊号(357号、1930年4月)に発表されたものです。
南原はまた、短歌に親しみ、多くの歌を残しました。1936(昭和11)年から1945(昭和20)年に至る時期の歌が精選され、歌集『形相』(1947年)に収められています。この歌集は『日本読書新聞』の紙上(1948年5月12日)で斎藤茂吉から絶賛され、南原自身も、自分の書いたものの中で一番長く残るのはこの歌集だと語っていたことが伝えられています。
- 【資料26】〔ノート〕備忘 (短歌)
南原繁著 [作成年不明] 東京大学文書館(柏分館)蔵 南原の歌集『形相』のあとがきには「本書は、昭和十一年より同二十年にわたる十年間、日誌代りに書きつけて来た短歌ノートの中から、八百十九首を自選編輯したものである」とあり、南原がこうしたノートを創作の礎にしていたことがうかがえる。
- 【資料29】わが歩みし道南原繁 : ふるさとに語る
南原繁著 香川県立三本松高等学校同窓会出版 平成8(1996)年 東京大学総合図書館蔵 香川県立三本松高等学校(南原の母校である香川県立大川中学校を前身とする)の創立百周年を前にその記念として編集・刊行された。東大の卒業式での総長挨拶を始めとした各種講演会の内容を収録しているほか、故郷や母に対する思いが、短歌作品、随筆などによりまとめられている。
- 【資料32】〔ノート〕備忘 (教養)
南原繁著 [作成年不明] 東京大学文書館(柏分館)蔵 類似のノートが複数冊あり、表紙に「教養」と書かれたこのノートには、ヴィクトル・ユゴー『レ・ミゼラブル』などに関する記述がみられる。
- 【資料33】〔ノート〕備忘 (哲学)
南原繁著 [作成年不明] 東京大学文書館(柏分館)蔵 類似のノートが複数冊あり、表紙に「哲学」と書かれたこのノートにはフィヒテやヘーゲルに関する記述がみられる。
- 【資料34】聖書之研究 127-137号 (復刻版)
聖書之研究復刻版刊行会 明治44-45(1911-1912)年 東京大学総合図書館蔵 無教会派キリスト教伝道者の内村鑑三(1861-1930)が明治33(1900)年に創刊した月刊誌。南原は明治44(1911)年、この雑誌に掲載された案内文を契機に、内村の聖書講義に出席するようになった。
- 【資料35】聖書之研究 357号
聖書研究社 昭和5(1930)年 東京大学法学部附属明治新聞雑誌文庫蔵 『聖書之研究』は、一時期誌名の改題を経ながら30年間刊行されたが、昭和5(1930)年3月の内村の永眠後、遺志により4月号(357号)で終刊となった。最終号の掲載記事「先生の臨終に侍して」(藤本武平)には、内村が晩年の病床で語った言葉が記録されている。
- 【資料37】ふるさと
南原繁著 東京大学出版会 昭和33(1958)年 東京大学総合図書館蔵 昭和32(1957)年末の香川県大川郡への帰省時に心筋梗塞を発症し郷里の病床で過ごした際の記録と共に、ふるさとの様々な人々の思い出が綴られた一冊。
- 【資料38】ブギの女王・笠置シヅ子 : 心ズキズキワクワクああしんど
砂古口早苗著 現代書館 平成22(2010)年 展示会用図書 「東京ブギウギ」などのヒット曲で知られる歌手・笠置シヅ子(1914-1985)の評伝本。笠置の実父と同郷で友人だった南原は笠置を支援し、初代後援会長も務めた。
- 【資料39】夏の坂道
村木嵐著 潮出版社 令和元(2019)年 展示会用図書 村木嵐(むらき・らん)による、南原を主人公とする小説。南原の幼少期から晩年までがドラマチックに描かれている。
- 【資料40】写真アルバム
南原和子氏蔵 家族や学友と共に写る南原の姿が収められた写真アルバム。東大総長・南原が、近しい人に見せた豊かな表情を知ることができる、貴重な一冊。
- 【関連資料】大坂峠.徳島県から香川県へ,阿讃山脈を超える県境の峠
資料28の関連資料。日本写真保存センター写真原板データベースより。
南原繁 十一首 坂井修一 撰
南原繁は東京帝国大学新聞に短歌を掲載したり、『形相』という歌集を刊行するなど、歌人としての側面も持っています。
今回の展示では、専門分野は情報理工学であり、また歌人でもある当館の坂井修一館長に、南原繁自作の短歌を十一首選んでいただきました。
- カテゴリ「大学(戦前・戦中)」「事件、事変、戦争」「家族」「内村鑑三」に分けてご紹介します
- 十一首について、特に注記が無ければ出典は『歌集 形相』です
坂井修一氏
東京大学副学長・附属図書館長、工学博士。
また歌人として迢空賞他を受賞し、令和七年六月からは現代歌人協会理事長を務める。
- Y君の辞職きまりし朝はあけて葬(はふ)りのごとく集ひゐたりき
「研究室」十二月一日(昭和十二年)
※Y君 = 矢内原忠雄教授
- 面(おも)ををかしてわれいふべきはいへりまたこの人に会ふこともなけむ 平賀総長
「河合教授の場合」(昭和十四年)
- わがどちのいのちを賭けて究めたる真理のちからふるはむときぞ
「元旦独語」昭和二十年元旦(昭和十九年作)
- 「兵に告ぐ」と戒厳司令官の声いへどわれの心に徹(とほ)らざるものあり
「二・二六事件」二月二十九日(昭和十一年)
※二・二六事件直後の歌
- 勝とぐるまで独伊と戦はむ英吉利を私(ひそか)に讃美すとわれのいはなく
「三国同盟」(昭和十五年)
- 獣(けだもの)のごとく寝ね起きたたかひて君が遺しし歌よみかへす 渡辺直己歌集
「冬」(昭和十五年)
※渡辺は中国戦線で戦死
- 人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ
「十二月八日」(昭和十六年)
- ひたぶるの命たぎちて突き進む皇軍(くわうぐん)のまへにABCD陣(ぢん)空し
「帝国大学新聞」昭和十七年一月十二日・歌集未収録
- わが国土(こくど)神国(しんこく)にしてたとひいまに迫らむも神風(かみかぜ)の吹(ふ)くあらむか
「帝国大学新聞」昭和十七年一月十二日・歌集未収録
- 病み呆(ほ)けし母に口よせあたたかき彼岸近しと吾のいひたり
「母逝く 一」 (昭和十六年)
- 日曜講演にたましひそそぎて先生にブルー・マンディのありし親しき
「内村鑑三先生 三月二十八日八周年記念日」(昭和十三年)
南原繁 年譜
参考文献
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【終了しました】 展示会・講演会情報
開催期間:2025年10月1日(水) - 11月26日(水) ※10月23日(木)を除く
本展示会は11月26日に終了しました。多数のご来場、ありがとうございました。
時間:平日 9:00-22:30 ,土・日・祝日 9:00-19:00
開催場所:東京大学総合図書館1階 展示スペース及びオープンエリア
総合図書館へのアクセス:総合図書館へのアクセスページをご覧ください
展示会図録:こちらからPDFファイルでダウンロード可能です
- 10/23(木)は総合図書館の閉館日のため、展示はご覧になれません。
- 総合図書館の開館時間中であれば、いつでもご覧いただけます。
- 急な閉館や開館時間の変更が発生する場合は、総合図書館のウェブサイトでご案内します。
- 保全を目的とした資料入れ替えのため、時期によっては展示エリアにない資料もあります。予めご了解ください。
来場に際して:
- 学内の方・学外の方いずれも、展示会観覧のための事前予約は不要です
- 入場無料です
- 学外者の方が、展示会観覧目的以外(資料の利用や見学)で総合図書館に入館するには一定の手続きが必要です。詳しくは以下のページをご確認ください。
https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/general/user-guide/outside/gakugai
記念講演会 「東京大学の百五十年と南原繁」 ※終了しました
本展示会開催の記念講演会として、苅部直教授による講演会を開催します。
- 苅部直 (法学部教授 / 附属図書館副館長)
- 日時:2025年10月24日(金) 18:00 - 20:00(予定)
- 開催形式:ハイブリッド方式 / 会場:東京大学総合図書館 別館ライブラリープラザ
- 定員:会場参加は50名まで
監修/協力
監修 : 苅部直教授(法学政治学研究科 / 附属図書館副館長)
協力:
- 南原和子氏
- 東京大学運動会応援部
- 東京大学出版会東京大学新聞社
- 東京大学文書館
関連リンク
お問い合わせ先
本展示会に関するご質問やご意見は、以下にお送りください。
東京大学附属図書館展示委員会
utl-tenji-group@g.ecc.u-tokyo.ac.jp




