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東大デジタルアーカイブ博覧会 ―時を超えて集う知のコレクション―

2026年度東京大学附属図書館特別展示「東大デジタルアーカイブ博覧会」の電子展示サイトです

ご挨拶

 東京大学附属図書館では、毎年、全学で所蔵する貴重な資料を学内外の皆様にご覧いただくため特別展示を行ってきました。総合図書館の耐震改修工事とコロナ禍による休止を経て、令和4(2022)年の8年ぶりの再開から5回目となる本年は、「東大デジタルアーカイブ博覧会 ―時を超えて集う知のコレクション―」を開催いたします。 ​

 附属図書館では、東京大学が保有する学術資産を電子化し発信する東京大学デジタルアーカイブズ構築事業を進めています。学術の多様性を支える基盤の強化を目指し、全学の部局と連携してデジタルアーカイブを構築することにより、時と場所を選ばすに本学の豊かな学術資産にアクセスできる環境を整えることに力を注いでいます。 ​

 今回の展示においてはアーカイブポータル上のコレクションにある資料の中から実際に、総合図書館のほか駒場図書館、柏図書館、医学図書館、法学部附属明治新聞雑誌文庫が所蔵している選りすぐりの現物資料を展示しています。現物の資料展示以外にも、各部局で挙げているアーカイブポータル上のコレクションの紹介記事をパネルで提示しています。展示を通じて附属図書館には、デジタルデータと、蔵書という伝統的な資料が共存していることが一目でお判りいただけるのではないかと思います。 ​

 東京大学附属図書館は今後より一層、バーチャルとフィジカルの両方の空間にまたがる知の基盤形成に邁進してまいります。今回の展示をご覧いただき、その一端を感じ取っていただけますと幸いです。


令和8年10月​

東京大学附属図書館長​

坂 井 修 一​

「東大デジタルアーカイブ博覧会 ―時を超えて集う知のコレクション―」展​について

 東京大学デジタルアーカイブズ構築事業は、本学が所蔵する多様な学術資産を国内外に広く公開し、その活用を促進することを目的としています。その歩みは、2016年9月の「東京大学学術資産等アーカイブズ委員会」の発足設置に始まります。翌2017年4月には附属図書館内に学術資産アーカイブ化推進室が設置され発足し、各部局と連携しながら、学術資産のデジタル化と公開を支援してきました。その成果として、同推進室が運営する「東京大学デジタルアーカイブポータル」には、現在、21部局・150コレクション・約29万件のアイテム(※)が収録され、検索・閲覧できるデータベースへと成長しています。 ​

 事業開始から10年目を迎える今年、本展示ではこの「東京大学デジタルアーカイブポータル」(アーカイブポータル)に焦点を当てました。本学が有する多彩なコレクションを博覧会のように楽しみながら、デジタルアーカイブの可能性にも触れていただければと思います。 ​

 展示は、「資料現物展示」と「コレクション紹介パネル展示」の二部構成です。 ​

 「資料現物展示」では、アーカイブポータルで画像公開されている資料の中から、5部局が所蔵する実物資料を展示しています。野鳥の羽が実際に貼り付けられた鳥類標本や、獄中の記念物を貼付した資料からはその立体感を、また肉筆の日記や書入れ本、絵解き本などからは、資料に関わった人々の思いや息遣いを感じ取っていただけると思います。 ​

 「コレクション紹介パネル展示」では、各部局のデジタルアーカイブ担当者が作成したパネルを通じて、それぞれのコレクションの魅力を資料写真とともに紹介します。多様なコレクションを一覧して比較できる楽しさに加えて、パネルに付されたトピックに注目することで、コレクション同士の思いがけないつながりや共通点を発見できるかもしれません。 ​

 資料は、そのアプローチを変えることで異なる物語を映し出し、見る人に新たな発見をもたらします。本展示が、東京大学の学術資産との新たな出会いと発見の入口となれば幸いです。​

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令和8年10月​

東京大学附属図書館所蔵資料展示委員会​

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※2026年8月現在。部局数はデジタルアーカイブポータル上での区分による。

今年度の特別展示は上記に記すとおり、 東京大学デジタルアーカイブポータルで画像公開されている資料の現物展示を行っています。                                             東京大学デジタルアーカイブポータルには、以下に紹介する資料以外の、様々な画像を公開していますので、ぜひデジタルアーカイブポータルもご利用ください。

展示資料紹介

総合図書館

むかしばなし                                                                                                                                                                                                                                                                            [制作者不明]/[制作年不明]                                                                                                                                                                                                                                         霞亭文庫                                                                                                                                                                                                                                                              霞亭文庫に含まれる赤本(江戸中期の草双紙の一種、子供向けの絵本)の一つ。「桃太郎」や「かちかち山」などの昔ばなし全12冊からなる。雛豆本と呼ばれる非常に小さい資料で、1冊3cmほどの大きさである。                                                     東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2000624356

ちょうるいひょうほんおよびしゃしんず                                                                                       中島仰山 [圖]/[明治期]                                                                                           田中芳男・博物学コレクション                                                                              本書は25種類の鳥の精密な図と羽の標本からなる。「寫眞圖」(写真図)という名前ではあるが、カメラによるものではなく、手で本物そっくりに書き写した図が掲載されている。下書きだけのページや羽の貼り込まれていないページもあり、未完成の資料ではあるが、本物の羽や鮮やかな図により非常に目を引く資料と言える。写真図と標本がそろっているのは、フクロウ、ホシゴイ(ゴイサギ)、カハンテウ(ヤマセミ)、カワセミ、キジ、ムナグロチドリ、ナベケリ、サンカノゴイ、セグロゴイ、シャコ、トビ、ヤマドリの12種。他の鳥もご覧になりたい方はぜひデジタルアーカイブポータルを参照いただきたい。                                                   東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003527755

けいもうちゅうふず                                                                                                                                                                                      [書写者不明]/[書写年不明]                                                                                                                                                               南葵文庫                                                                                                                                                                                   編著者名、年紀の記載はないが、その内容から判断して、前田利保(まえだ・としやす, 1800-1859)編の昆虫図譜。昆虫以外の節足動物、軟体動物、それらを元にした漢方薬などの産物も載っている。精細な図が特徴で、虫についての説明はあまり記されていないが、採集した場所が所々に書き込まれている。                                                                                                                                                東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003400271

Christoph Willibald Gluck/[出版年不明]                                                                                                                  鷗外文庫書入本画像データベース                                                                                                                            クリストフ・ヴィリバルト・グルック(Christoph Willibald Gluck, 1714-1787)が作曲した『オルフェウスとエウリディケ』。展示資料はライプツィヒ市立劇場での公演用に作られた特別なヴァージョンの台本で、「ライプツィヒ劇場の興行用公式版」とある。展示部分である表紙には、赤インクで、森鷗外(もり・おうがい, 1862-1922)がライプツィヒ市立劇場で観劇した日の日付(1885年6月21日)と当日出演したソロ歌手の名前が記入されている。鷗外はこれを底本として翻訳も行った。                                                                     東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2000469162

けいほうしんず                                                                                                                                       雪斎随馬写/[幕末明治期]                                                                                鶚軒文庫                                                                                           江戸時代後期から明治中期にかけて活躍した博物図譜の画家、服部雪斎(はっとり・せっさい,1807-?)自筆の薬用植物画集。いずれの画も花から根に至るまで精細な筆致で描かれている。雪斎が書いた図譜は、総合図書館の田中芳男・博物学コレクション、駒場図書館の資源科学研究所旧蔵本草書コレクション、農学生命科学図書館コレクションなど学内にも多く所蔵されている。                                                                                            東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003554571

とうかいどうごじゅうさんつぎず                                                                             [製作者不明]/[江戸中期以降]                                                                            南葵文庫                                                                                        東海道五十三次は、江戸日本橋から京都三条大橋を結ぶ東海道にあった53の宿駅であり、その様子は浮世絵を中心とした絵画に描かれてきた。一般庶民も旅への関心を持つようになった江戸時代後期には、歌川広重(うたがわ・ひろしげ, 1797-1858)が描いた『東海道五拾三次』(全55枚)が流行するなど、より広く親しまれるようになった。展示作品は、巻子に55枚の画が展開されている。絵師は不詳だが、彩色に富む作品である。                                                        東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003524760

しばらくのそとね                                                                       [制作者不明]/安政2(1855)年                                                            石本コレクション                                                                 地下に棲む大鯰(地震鯰)が動くと地震が起こるという伝説をモチーフにした戯画を「鯰絵」と呼ぶ。狭義には、安政2(1855)年の安政江戸地震の直後に制作・出版された錦絵を指す。震災後の混乱のなかで、通常の出版手続きを経ずに刊行されたため、著名な絵師の作品であっても版元や作者が記されていないものが多い。展示作品は、歌舞伎の十八番『暫(しばらく)』をもじった鯰絵である。『暫』では、主人公の豪傑が「しばらく、しばらく」と声をかけながら登場し、長い名乗りや台詞(ツラネ)を披露する。本作ではこれを踏まえ、「地震で家が倒壊したため、しばらくは外で寝る」という意味の「しばらくのそとね」に置き換えている。また画面は、地震鯰を悪党に見立て、主人公が要石で押さえつけて懲らしめる構図となっている。                                           東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003016190

ちちのおん                                                                                       三舛 [編] ; 英一蜂画/享保15(1688)年                                                               連歌俳諧書集成 (洒竹・竹冷・知十文庫)                                                                      歌舞伎役者の初代市川団十郎(いちかわ・だんじゅうろう, 俳名才牛(さいぎゅう), 1660-1704)の二十七回忌追善集。追善句を収録するほか、物故役者六十余名の戒名と命日等を記し、それぞれに江戸座俳人の発句と英一蜂の絵を添える。才牛の発句には小川破笠画の絵(色摺と筆彩を併用)が添えられている。                                                                                        東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003690433

ねこのさうし                                                                                    [制作者不明]/[元禄享保年間]                                                                                 総合図書館所蔵青洲文庫                                                                           『鉢かづき』『一寸法師』等とともに、江戸時代に『御伽文庫(御伽草子)』として出版された二十三編の物語草子のうちの一つ。洛中で猫を放し飼いにする旨の沙汰があったことを受け、窮状を訴える鼠とそれに反論する猫のそれぞれが高僧の夢枕に立つという内容の、異類に託した戯論争物。時事に即した戯作だが、治世賛美の祝言色が濃い。                                                             東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003564891

しらぬいものがたり                                                                                    柳下亭種貟稿 ; 柳亭種彦校 ; 梅蝶樓國貞, 一蕙斎芳幾画/万延元(1860)-元治元(1864)年                                                                                        総合図書館所蔵資料コレクション                                                                           柳下亭種員(りゅうかてい・たねかず, 1807-1858)、笠亭仙果(りゅうてい・せんか, 1804-1868)、柳水亭種清(りゅうすいてい・たねきよ, 1823-1907)の共作。幕末から明治の中頃にかけて刊行された一大長編小説で、数人の作者により書き継がれ、絵師も複数にわたっている。黒田家のお家騒動と天草の乱の実録を基底に、『女仙外史』の妖相を取り入れた幕末ベストセラーの一書。展示本は、71編の刊本の一部と、笠亭仙果の草稿33編上および43編上下からなる。草稿本の下絵は作者によるもので、画工への指示が朱筆で記されている。                                                                                    東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003544905

しらぬいものがたり                                                                               柳下亭種員作 ; 一陽齋豊國画/嘉永2(1849)-明治18(1885)年                                           総合図書館所蔵青洲文庫                                                                         柳下亭種員(りゅうかてい・たねかず, 1807-1858)、笠亭仙果(りゅうてい・せんか, 1804-1868)、柳水亭種清(りゅうすいてい・たねきよ, 1823-1907)の共作。幕末から明治の中頃にかけて刊行された一大長編小説で、数人の作者により書き継がれ、絵師も複数にわたっている。黒田家のお家騒動と天草の乱の実録を基底に、『女仙外史』の妖相を取り入れた幕末ベストセラーの一書。展示本は、71編の刊本の一部と、笠亭仙果の草稿33編上および43編上下からなる。                                                                                   東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003324357

[へいせいしちゅうきっきょうけつ]                                                                      [書写者不明]/[19世紀~20世紀初頭ごろ]                                                                       アジア研究図書館デジタルコレクション                                                                 東アジアに広くみられる、いわゆる四柱占い(四柱推命)についての絵解きの占術書。挿絵にミシンの絵がみられることから、19世紀末~20世紀ごろにかけて書写された資料とされるが、正確な年代は不明。本資料には豊富な図像が含まれ、占いの象意を視覚的に理解することができる。また、図像に付随する占いの象意の表現からは、朝鮮時代後期以降の社会における人々の価値観・人生観、社会慣習や信仰のあり方などの特徴を窺うことができる貴重な資料である。同時代の中国や日本の社会における占いのあり方と比較することも有効であろう。                                                                      東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003715359

参考展示資料

駒場図書館

かんろみどうひったん                                                                                                              荻生徂徠, 悦峯道章/[書写年不明], [宝永4(1707)年成立]                                          荻生家史料                                                                                            芝の紫雲山瑞聖寺甘露堂での荻生徂徠(おぎゅう・そらい, 1666-1728)と悦峯道章(えっぽう・どうしょう, 1655-1734)との筆談の記録である。悦峯道章は黄檗宗の僧侶で浙江省杭州府銭塘県の出身、貞享3 (1686) 年に渡日し、宝永4 (1707) 年に宇治の黄檗山の第八代住持となった。徂徠は漢文(古典中国語)だけでなく、唐話(当時の中国語)の習得に取り組んでおり、悦峯との筆談も唐話を用いてなされている。徂徠は、杭州の景物や中国の桜の有無、様々な道具の名称などを悦峯に尋ねている。

りゅうきゅうへいしき                                                                      荻生徂徠/[書写年不明], [宝永7(1710)年頃成立]                                          荻生家史料                                                                                                        宝永7 (1710) 年の琉球使節について記した著作である。江戸城内の応接儀礼や外交文書の書式、使節が演奏した音楽に関して詳細に記録している。徂徠は、清朝成立後も、琉球の使者の装束などが明朝風であることは、「国家」(=徳川政権)の保護によるものであるとした上で、「雍容都雅」(ゆったりとみやびである)と述べている。末尾には、琉歌(「よのなかのならい~」)を収録し、徂徠は『万葉集』の歌に似ていると評している。

法学部附属明治新聞雑誌文庫

明治新聞雑誌文庫が所蔵する新聞号外コレクション(一部附録を含む)で、全国紙から地方紙まで2000枚以上の号外から成る。特に、各新聞社が競って号外を発行した日露戦争期のものを中心に、宮武外骨(みやたけ・がいこつ, 1867-1955)が蒐集した明治初期発行のものや、関東大震災の際に発行されたものも含まれている。

ジョセフ彦/慶応2(1866)年                                                                          明治新聞雑誌文庫所蔵古典籍(国文研デジタル化分)                                            我国最初の民間発行新聞で、漂流してアメリカに渡り帰化、帰国後日米交渉の通訳の後、貿易などに携わったジョセフ彦(本名・浜田彦蔵(はまだ・ひこぞう, 1837-1897))が発行した邦字新聞である。明治新聞雑誌文庫所蔵資料には、吉野作造教授による書き込みがある。                                                                                                         明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/379

大学南校/明治3(1870)年                                                               明治新聞雑誌文庫所蔵古典籍(国文研デジタル化分)                                         大学南校(洋書調所の後身、東大法学部・文学部の前身)発行。日本最初の新聞とされる「官板バタヒヤ新聞」の継承紙。普仏戦争勃発の情勢から開戦後の報道を、横浜で刊行されていた「エコー・デュ・ジャポン(L'Echo du Japon)」など数種の外字新聞や電信報をも含めて克明に訳出した翻訳紙である。大学南校の洋学者・箕作麟祥(みつくり・りんしょう, 1846-1897)らによる翻訳報道に加え、精巧な図版も多く掲載されている。                                                                                                                           明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/379

会訳社/慶應4(1868)年                                                                                                   明治新聞雑誌文庫所蔵古典籍(国文研デジタル化分)                                                                          慶応4(1868)年2月、江戸で柳河春三(やながわ・しゅんさん, 1832-1870, 幕末の洋学者)が『中外新聞』を創刊。これは外国事情の紹介とともに国内報道にも力を入れた、日本人による最初の本格的な新聞と言われる。展示の『別段中外新聞』は、同年5月の彰義隊 の戦いに際して発行されたもので、新聞号外の元祖とされている。                                                                                                                                 明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/2278

三益社/明治20(1887)年                                                             宮武外骨蒐集資料                                                                          明治20(1887)年1月4日『改進新聞』の絵附録。当時の新聞つくりの様子がわかる。『改進新聞』は明治中期の代表的な政党系小新聞であり、ルビ付きの平易な文体で政治社会を論じ、挿絵入りの小説も充実、幅広い層に購読された。                                                                                                              明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/398

頓智協会/明治20(1887)年                                                      宮武外骨書函                                                                  宮武外骨は明治20(1887)年4月『頓智協会雑誌』を20歳で創刊。4000部以上を売り上げ、若くして雑誌界での風雲児となった。第28号に「骸骨が研法を下賜する図」等を掲載して、不敬罪に問われ、雑誌は発行停止で廃刊。外骨は石川島監獄に収監され、3年以上の獄中生活を送ることになる。                                                                                                                     明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/14113

頓智協会/明治22(1889)年                                                  宮武外骨書函                                                    宮武外骨は明治20(1887)年4月『頓智協会雑誌』を20歳で創刊。4000部以上を売り上げ、若くして雑誌界での風雲児となった。第28号に「骸骨が研法を下賜する図」等を掲載して、不敬罪に問われ、雑誌は発行停止で廃刊。外骨は石川島監獄に収監され、3年以上の獄中生活を送ることになる。                                                                                                         明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/14113

滑稽新聞社/明治37(1904)年                                            宮武外骨書函                                                                明治34(1901)年、宮武外骨は雑誌『滑稽新聞』を創刊。色鮮やかな表紙絵、権力批判や不正の告発など風刺画入りの痛烈な記事が好評を博し、当時は海外でも販売された。展示の第69号は、ユニークな伏字となっている。                                                                                                                                                                         明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/827

滑稽新聞社/明治41(1908)年                                                  宮武外骨書函                                                  明治34(1901)年、宮武外骨は雑誌『滑稽新聞』を創刊。色鮮やかな表紙絵、権力批判や不正の告発など風刺画入りの痛烈な記事が好評を博し、当時は海外でも販売された。最盛期には8万部を売り上げた『滑稽新聞』だが、明治41(1908)年10月、度重なる言論弾圧に憤慨し、第173号を「自殺号」と銘打って発行し、これを終刊させた。                                                                      明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/827

滑稽新聞社/明治41(1908)年ほか                                               宮武外骨書函                                                  『滑稽新聞』の定期増刊として、宮武外骨の編輯により明治40(1907)年5月に発行された雑誌だが、絵葉書を点線で切り取れるようになっている。色がきれいで意匠が奇抜、“趣味と実益”を備えるとして、大人気を博した。大正ロマンを代表する画家の竹久夢二(たけひさ・ゆめじ, 1884-1934)によるものもある。日露戦争戦勝記念で発行されて以後、世は熱狂的な絵葉書ブームとなった。                                                                                                      明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/14088

廃姓外骨[宮武外骨]著/大正13(1924)年                                            宮武外骨書函                                                     大正12(1923)年9月1日、マグニチュード7.9と推定される関東大震災が発生。宮武外骨は上野桜木町で被災し、「有史以来の大災害と見るべき今回の関東大震災は、詳密に之を録して天下に示し」として、地震発生から一週間ほどで被災地を取材、驚異的なスピードで『震災画報』第一冊を発行した。                                                                                                   明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/14163

宮武外骨/大正12(1923)年                                              宮武外骨書函                                                  入獄中の記念物を貼付した冊子。宮武外骨は、明治22(1889)年の最初の入獄から数えて4回、筆禍により入獄した。監房内で、芯だけになっても工夫して使用した鉛筆ほか、書籍の携帯証などが貼付されている。獄内の印刷工場で働いていた外骨は、密かに『鐵鉄窓詞林』という雑誌発行をもくろみ、その時の広告印刷物も記念として残されている。                                                                                                                            明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/31256

宮武外骨/[昭和期]                                                  宮武外骨蒐集資料                                                     宮武外骨と同じ慶應3(1867)年生まれの人物を列挙した手帖で、「知者の人々を死亡順に列挙」とある。冒頭の正岡子規に始まり、夏目漱石、豊田佐吉、南方熊楠、平沼騏一郎ら明治から昭和の文士や学者、著名人が多く記されている。                                                                                                                    明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/31163

宮武外骨著/昭和21(1946)年                                                         宮武外骨書函                                                      宮武外骨による戦後初の著作。東京裁判の開廷日である昭和21(1946)年5月3日に刊行された。軍閥、戦争犯罪、闇市、食糧不足など、敗戦直後の人びとの意識をインパクトあるタイトルで、皮肉を込めて書きあげている。本書はざら紙にして60ページに満たない小冊子だが、戦争の終わりを待ち望んだ外骨による渾身の一冊と言える。                                                                 明探:https://www.meitan.j.u-tokyo.ac.jp/detail/14167

医学図書館

ないかびょうろん                           ベルツ原著;伊勢錠五郎 譯補/明治15-16(1882-1883)年                        医学図書館デジタルアーカイブ                       著者のエルヴィン・フォン・ベルツ(独・Erwin von Bälz, 1849-1913)は東京医学校(東京大学医学部)のお雇い外国人教師である。在職期間は明治9(1876)年6月から明治35(1902)年7月までの26年間にわたる。初期は生理学の講義を担当し、その後は内科学、病理学などを担当し、臨床の重要性を説いた。日本の学生への教育指導と患者の診療に力を尽くした人物である。「内科病論」は東京大学医学部におけるベルツの内科学講義をもとに編纂された、日本の初期を代表する内科学の教科書の一つである。               東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2000929013

べっししんだんがく                                                                         ベルツ著 ; 土岐文二郎, 保利聯共譯/明治29(1896)年                                                               医学図書館デジタルアーカイブ                                                                     ベルツが日本の医師のために、日本での経験をもとに臨床に必要な知識をまとめたものである。「鼈氏」は著者ベルツの漢字表記である。                                            東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2000637288

かくこつしんけいず                         [各務文献]/[文化7(1810)年]                       医学図書館デジタルアーカイブ                           各務文献(かがみ・ぶんけん, 生没年未詳)は、大阪の整骨師。治療のかたわら、人身の研究・教育にはげみ、文化12(1815)年には、女囚の腑分もおこなった(「婦人内景図」)。 この「各骨真形図」は、もともと「整骨新書」の末尾の図像として刷られたものである。「解體新書」の影響が歴然とみられ、当時の骨学の水準を推し量ることのできる図像である。なお、各務文献は文化7(1810)年ごろ、工人に等身大の成人男性の「木骨(もっこつ)」を製作させ、幕府に献上している(通称「各務木骨」)。木骨とは木製の人体骨格模型のことで、幕末から明治初年にかけて10体ほど製作された。人骨を直接的に考究できなかった当時、木骨は、西洋近代医学の振興に大いに寄与した。現存するものは、わずかに3体であるが、そのうち「各務木骨」は本学に伝わり、現在、本学の総合研究博物館に収蔵されている。                      東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003327161

ふしけいけんいくん                         扶歇蘭度 [フーフェランド] 原著 ; 緒方洪庵等訳/安政4(1857)年                  医学図書館デジタルアーカイブ                         C. W.フーフェラント(独・Christoph Wilhelm Hufeland, 1762-1836) 「Enchiridion medicum oder Anleitung zur medicinischen Praxis」の一部分を訳した。江戸時代の刊本西洋内科書として最も完備したものとされている。訳者の緒方洪庵(おがた・こうあん, 1810-1863)は、西洋医学所(種痘所の改称)の2代目頭取を務めた。                                東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003323823

かいたいはつもう                           三谷樸著/文化13(1816)年                      医学図書館デジタルアーカイブ                           江戸後期に三谷笙洲(みたに・しょうしゅう/そうしゅう, 1775-1823)によって著された医学書である。解剖図は多色刷りになっており、鮮やかに描かれた臓器が特徴的である。                                   東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003328051

かいたいしんしょ                            與般亞單闕兒武思 [著] ; 杉田玄白譯/安永3(1774)年               医学図書館デジタルアーカイブ                               明和8 (1771)年 3月、江戸千住小塚原(こづかっぱら)で行われた刑死人の解剖を見た杉田玄白(すぎた・げんぱく, 1733-1817)、前野良沢(まえの・りょうたく, 1723-1803)たちが、クルムス(独・Johann Adam Kulmus, 1689-1745)が書いた医学書のオランダ語訳である「ターヘル・アナトミア」と比較してその正確さに驚き、この本の翻訳を志して3年半の言語に絶する苦労ののちに完成させ、安永3(1774)年に「解体新書」と名づけて出版された。その内容は、第1冊が序図篇で、臓器類が図で描かれており、第2-5冊が解説篇で全文が漢文で記述されている。この「解体新書」は日本の医学に対して貢献をしただけではなく、日本で蘭学がさかんになるきっかけとなった、その意味でも、医学史上とても重要な資料である。                        東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003327943

柏図書館

はくぶつのとも                                                                                        日本博物學會事務所/[明治33-34(1900-1901)年]                                    博物之友                                                                                                   『博物之友』は東京府第一中学校(翌年、東京府立第一中学校に改称)に在学していた市河三喜(いちかわ・さんき, 1886-1970, 英文学者・東京帝国大学名誉教授,附属図書館長も務める)が学友たちと作った手書きの回覧雑誌(全8冊)。第1巻第1号は明治33(1900)年5月25日に発行され、終巻第2巻第8号はちょうど一年後の明治34(1901)年5月25日に刊行された。発行は「日本博物学会文芸部」と書かれてあり、昆虫や鉱物の分類、植物や昆虫の採取紀行などのほか、「質問応答」という”Q&Aコーナー”のような記事もある。また、各冊の口絵には昆虫や蝶の絵が美しく描かれるなど、自然に生きる動植物への関心が瑞々しく伝わる貴重な手書き資料といえる。市河三喜の著書『私の博物誌』(中央公論社, 1956)によると、「回覧雑誌は8号で打ち切り、6月から印刷に附して会員に配布することとなり、會名も「日本博物学同志会」と改めた。」とあり、日本博物学同志会による『博物之友』は、その後第11巻第82号(明治44(1911)年5月)をもって終巻したこと、また日本博物学同志会の支会として明治38(1905)年に日本山岳会が設立されたことも書かれている。                                          東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/3001056805

ひらがゆずるにっき                                   [平賀譲自筆]/昭和14(1939)年ほか                  平賀譲デジタルアーカイブ                                    平賀譲デジタルアーカイブでは、平賀譲(ひらが・ゆずる, 1878-1943)の日記が複数公開されている。(「〔日記〕」あるいは「POCKET DIARY」というタイトルで公開されている。)全ての年が揃っているわけではないが、明治から昭和まで1年1冊のかたちで残っており、日々の様々なことが記録されていることが分かる。特に昭和14(1939)年の日記では、いわゆる「平賀粛学」と言われる、河合栄治郎と土方成美を休職にした際の経緯などが記されている。                                               東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2002631980

びぼうろく                                     [平賀譲自筆]/明治23(1890)年                             平賀譲デジタルアーカイブ                                   表紙に「明治廿三歳九月調」と書かれているとおり、明治23(1890)年9月のノートであり、東京府尋常中学校1年時のものである。前半は幾何の作図が描かれてあり、後半は日本史に関することが記載されている。                 東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2002631980

学位記 [東京帝国工科大学明治三十四年七月十日]                     平賀譲デジタルアーカイブ                             明治34(1901)年7月10日に東京帝国大学工科大学造船学科を卒業した際の証書で、首席で卒業したと言われている。平賀譲デジタルアーカイブでは、明治34(1901)年6月27日付で海軍造船中技士に任命された際の辞令も残っている。                                           東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2002631980

しょくぶつがく                                    [平賀譲自筆]/明治26(1893)年                                 平賀譲デジタルアーカイブ                                 表紙に「明治癸巳」とあることから、明治26(1893)年のノートであることが分かる。東京府尋常中学校4年時のものと思われ、植物学に関する講義内容が記録されており、僅かながら植物の絵も描かれている。また平賀譲デジタルアーカイブでは、〔Botany〕と言うタイトルの資料もあり、これも植物学の講義内容が記されている。                                東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2002631980

[自在画 倚子]                                       [平賀譲自筆]/[制作年不明]                                  平賀譲デジタルアーカイブ                                  定規やコンパスなどを用いず自由に描く絵を自在画といい、平賀は尋常中学校、第一高等学校工科時代にこれを学んだと言われている。椅子の図は、平賀が尋常中学校4年生のときに描いたもの。                       東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2002631980

[自在画 時計台]                                       [平賀譲自筆]/[制作年不明]                                 平賀譲デジタルアーカイブ                                 定規やコンパスなどを用いず自由に描く絵を自在画といい、平賀は尋常中学校、第一高等学校工科時代にこれを学んだと言われている。時計台の図は、平賀が第一高等学校3年生のときに描いたもの。                       東京大学OPAC:https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2002631980

展示会情報

開催期間:2026年10月1日(木) - 11月25日(水)


時間:平日 9:00-22:30 ,土・日・祝日 9:00-19:00

 ※10月22日(木)は休館,10月28日・29日は時間短縮となります


開催場所:東京大学総合図書館1階 展示スペース及びオープンエリア


総合図書館へのアクセス:総合図書館へのアクセスページをご覧ください

  • 10/22(木)は総合図書館の閉館日のため、展示はご覧になれません。
  • 10月28日・29日は館内でのイベント実施のため閲覧時間短縮を行う予定です。
  • 総合図書館の開館時間中であれば、いつでもご覧いただけます。
  • 急な閉館や開館時間の変更が発生する場合は、総合図書館のウェブサイトでご案内します。
  • 会期中、保全を目的として一部の資料は展示資料入れ替え、場面替えを行います。また、都合により展示資料を変更する場合があります。予めご了解ください。


来場に際して:

  • 学内の方・学外の方いずれも、展示会観覧のための事前予約は不要です。
  • 入場無料です。
  • 学外者の方が、展示会観覧目的以外(資料の利用や見学)で総合図書館に入館するには一定の手続きが必要です。詳しくは以下のページをご確認ください。

https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/general/user-guide/outside/gakugai


図録・リーフレットのご案内 (図録・リーフレットともに会場で無料配布しています)


関連リンク

お問い合わせ先

本展示会に関するご質問やご意見は、以下にお送りください。

 東京大学附属図書館所蔵資料展示委員会

 utl-tenji-group@g.ecc.u-tokyo.ac.jp