出会い、学ぶ『源氏物語』 ―東京学芸大学附属図書館教育コレクションから紐解く―
2024年5月25日(土)~6月2日(日)に東京学芸大学附属図書館で開催した企画展示のオンラインギャラリーです。公開にあたり、内容や構成に一部変更を加えています。
目次
ごあいさつ
このたび、東京学芸大学附属図書館では、学習教材としての『源氏物語』に着目して、当館所蔵の教育コレクションの企画展示「出会い、学ぶ『源氏物語』」を開催することとなりました。これは、中古文学会のご支援を受けつつ、本学教員と学生、卒業生、そして附属図書館職員の協働活動の成果であります。
『源氏物語』は、歴史のなかでそれぞれの時代、そこに生きる人びとによって読み継がれてきました。この壮大な物語は、日本だけにとどまらず、我が国の「国風文化」の代表作として、世界にもその読者を拡げています。『源氏物語』への向き合い方とそこに込める想いは、読者の生きる時代、社会とも関わって多様であったことでしょう。本展示では、近世以降、現代に至る「教育」のなかで、『源氏物語』が「教材」としてどのように取り上げられてきたかを、本館の教育コレクションから紐解きます。
今まさに、『源氏物語』は、NHKの大河ドラマ「光る君へ」の放映によって、作者の紫式部とともに大きな注目を浴びています。多くの人びとが、紫式部の生きた平安時代へと想いを馳せます。これもまた、現代ならではの『源氏物語』への接し方なのでしょう。その意味でも、本企画展示は、時宜にかなった展示として、多くの方々に来場頂き、楽しんで頂けるものと思います。
東京学芸大学附属図書館では、多くの教育関係の資料を収集・保存し、そのデジタル化とともに、オンラインも含めた公開を進めています。多くの関係者のご尽力に感謝しつつ、当館へのますますのご支援をよろしくお願い申し上げます。
東京学芸大学副学長・附属図書館長
川手 圭一
はじめに
『源氏物語』は書かれた当初から現代に至るまで、読者を獲得し続けてきました。なぜ人はこの物語を読むのでしょうか。ただ、楽しむためにという読者もいれば、第一には別の目的のためにこの物語を紐解く読者もいます。その目的は詠歌のため、有職故実のため…などさまざまでした。「源氏物語をさるべき物がたりども、源氏覚えさせ給はざらんは無下なる事にて候。書き集めて参らせ候へば、殊更形見とも思し召し、よくよく御覧じて、…」。現存最古の女訓書『庭の訓(にわのおしえ)』(鎌倉時代)にはこのように書かれました。『源氏物語』は宮仕えする女子の身につけるべき教養として挙げられていたことが確認できます。
現代でも『源氏物語』は高等学校古典の教材として教科書に取り上げられ、学び続けられています。本展示では、こうした学習教材としての『源氏物語』に着目し、東京学芸大学附属図書館の教育コレクションを紐解きます。
第1部では江戸時代の初等教育書である「往来物(おうらいもの)」を、第2部では明治時代から昭和初期の教科書を、第3部では戦後検定教科書をとりあげます。
学びの場で、まずは「学ぶべきもの」として出会った『源氏物語』が、人生の折々に読み返す友のような存在となること、或いは長い時間をかけた探求の対象となることもめずらしいことではないでしょう。本展示を通して、江戸時代から現代までの学びの場において、学習者はいかに『源氏物語』と出会ってきたか、また『源氏物語』が教材としていかに位置づけられ、扱われ、学ばれてきたか、資料をもとにその歴史の一端を辿っていただく機会となれば幸いです。
中古文学会2024年度春季大会会場校担当
東京学芸大学人文社会科学系 日本語学・日本文学分野
斉藤 昭子
I. 江戸時代 ―往来物の中の『源氏物語』―
江戸時代は、出版文化が花開いたことで時代を通して多くの書物が流通し、ようやく庶民が書物に触れられるようになった時代です。長らく特定の人々のものであった古典文学作品も手の届く存在へと変わっていきました。『源氏物語』に関しても、『絵入源氏物語』(山本春正 承応3[1654])、『湖月抄』(北村季吟 延宝1[1673])といった絵入本や注釈書が版本として広く享受され、『偐紫田舎源氏』(柳亭種彦 文政12[1829]-天保13[1842] )といった翻案作品、そして物語をモチーフとした美術作品が生み出されるなど、作品を起点とした文化が豊かに展開していきました。
最初にご紹介する「往来物」は、古くは平安時代に歴史を遡り、往返一対の手紙文を集めた手本書をもととします。一般に江戸時代における寺子屋の教科書として知られますが、読み書きの学びを基本としつつ、時代の推移と共に読者の需要や知識欲を満たす初等教育書として多種多様に刊行され、明治時代以降もその流れを継続していったようです。そこには古典文学に関する知識も多分に盛り込まれ、人々が古典文学に出会い、紐解く拠り所となったと考えられます。当館コレクションを紐解くと、『源氏物語』は特に女性向けの往来物の中で、一定の形をもって息づいていたことがわかります。
ここでは、1.『源氏物語』読書論、2.往来物本文に記された『源氏物語』、3.付録的記事に記された『源氏物語』の三つの視点から資料を見ていきます。
1.『源氏物語』読書論 ―女性に読ませるべきか否か―
江戸時代においては、『源氏物語』を女性に読ませることに賛否両論がありました。このことについて、丹和浩氏が整理と考察を行われています*1。丹氏によれば、読ませるべきとする見解は、『源氏物語』が女性らしい心持ちや振る舞いの参考になり、語彙や文章表現を獲得させるためにも役立つとするもので、当館コレクションでも、とりわけ和歌の書として推奨する記事が目立ちます。読ませるべきでないとする見解は、『源氏物語』を女性の心を乱す男女の淫らな内容を記す物語であるとするもので、丹氏は江戸時代前期の『女鏡秘伝書』(慶安3[1650]) 、『大和小学』(山崎闇斎 万治3[1660])、『和俗童子訓』(貝原益軒 宝永7[1710])といった教訓書類の影響による、主に儒教的立場に基づいたものと指摘されます。こうした『源氏物語』を女性から遠ざけようとする記事も当館コレクションから確認でき、上記の教訓書類をなぞるような記述も多く見られます。このように『源氏物語』に対する賛否両論が江戸時代を通して存在する中、『源氏物語』は一定の形をとりながら、女性用の往来物の一角を確かに担っていきます。
注
*1 丹和浩「往来物」(『源氏物語の変奏曲―江戸の調べ』鈴木健一編 三弥井書店 2003)
一冊のうちに『源氏物語』への賛否双方の記事を収録する。表示部分は「物語草紙」の項で、各時代の名文を記すものとして『源氏物語』を紹介する。 「読書」の項(9コマ目)では、『源氏物語』は男女の「たはれごと(※「淫乱」と脇書あり)」を記すので、仮にも幼い娘に教えるものではないとする。
2. 往来物本文に記された『源氏物語』
(1)『源氏物語』のあらすじ・解説
江戸時代前期には、五十四帖各巻のあらすじや解説を本文とする往来物が刊行されました。
『女源氏教訓鑑』(山本序周 正徳3[1713])はその早い例で、江戸時代を通して何度も版を重ねています*1。本文には巻ごとに、まず半丁に場面絵と巻名、散らし書きでの和歌*2 が、もう半丁には仮名書きによる巻名と香図による見出しのもと、物語の年立、巻名の由来、物語の簡易なあらすじ、和歌の解説からなる少し長めの文章が示されます。少し後に刊行された『女要珠文庫』(享保6[1721])では「湖月女文章 粧源氏同香図」と題した本文として、和歌、登場人物の肖像画に続き、巻名と物語の簡易なあらすじを散らし書きの手紙文の形で示します。『〔女要訓和歌文庫〕』(寛保3[1743])は本文に「女中雨夜/品定大意 女萬要品鏡」を収録します。「そもそも源氏物語五十四帖の大意は箒木の巻にあたれり…」と語り起こし、雨夜の品定めには男女の教戒など『源氏物語』の重要な要素が示されるため女性に教えるべきものと述べ、あらすじと共に解説します。しかし、こうした往来物は少数派に留まり、その後は附録的記事として『源氏物語』の断片的知識が往来物に収録される形が基本となっていきました。
注
*1 徳永結美「『女源氏教訓鑑』考:出版事情と構成をめぐって」学芸古典文学 2号 2009.3
当館所蔵資料は元文1[1736]年板。
*2 基本的に作中歌が挙げられ、例外として藤裏葉巻は巻名の由来となる後撰集の和歌、若菜上巻は物語本文の引歌となっている伊勢集の和歌が挙げられます。
(2)習字手本としての『源氏物語』
往来物の本来の役割の一つとして、習字手本があります。『源氏物語』については、どのような内容が手本となったのでしょうか。当館コレクションにおいては、『源氏物語』を話題とする手紙文や巻名を扱う例がみられます。『わかみとり』(長谷川妙躰書 宝永4[1707])は手紙文を本文とする女筆手本で、下巻の『うすもみち』に『源氏物語』の講釈についての手紙文が収録されます。『初登山文章 (手習児文章)』(矢沢敬親書 安政7~万延1[1860])は手習師匠の手控書で、学習者に手本として書き与えたと考えられる様々な内容が収められます。二巻に「源氏五拾四帖長歌」があり、『源氏物語』五十四帖の巻名を織り込む長歌で、「源氏文字鎖(げんじもじぐさり)」と呼ばれるものです。これについては、散らし書きによる例も見られます(『女用文姫鑑』江戸後期)。
参考文献
石川松太郎監修 小泉吉永編『往来物解題辞典』大空社 2001
市川寛明 石山秀和『図説 江戸の学び』河出書房新社 2006
第2冊以降は表紙に「手習児文章」と記される。手習師匠による手控書。第2冊に「源氏五拾四帖長歌(源氏名寄文章)」を収録する。第1冊には「いろは」「数字」「名頭字」「村名」等を収録。
3. 付録的記事に記された『源氏物語』
往来物は江戸時代以降、編集的要素を持ちながら展開し、核となる本文に加えて、様々な付録的記事が共に収録されていきました。付録的記事には前付(まえづけ)や後付(あとづけ)、頭書(かしらがき)があり、特に本文と頭書の二段組または三段組の版面の様相は、往来物の大きな特徴の一つと言えます。ここでは、こうした付録記事に記された『源氏物語』について見ていきます。
(1)紫式部の伝記、肖像画
『源氏物語』の作者である紫式部は、物語関連記事としても、単独でもとりあげられます。多くは肖像画を伴い、代表的な構図は石山寺で『源氏物語』を執筆する様子を描いたものです*1。上東門院から執筆を依頼され石山寺に参籠した紫式部が、八月十五夜に琵琶湖の水面に映る月の姿を見て須磨・明石の巻を起筆したという伝説に基づくもので、多くの場合、遠景に月が描き込まれます。『女用文章糸車』(刊年不明)のように、近江八景と共に描かれる例も見られます。『百人一首女庭訓入女有職莩文庫』(文政1[1818])のように文章が添えられる例も多く、紫式部の出自やその名の由来、『源氏物語』執筆の経緯等が記されます。『女訓百人一首錦鑑』(天保15[1844])など、優れた歌人の一人として、詠歌と共に取り上げられる例もあります。
注
*1 綿抜豊昭「往来物にみられる紫式部像について」図書館情報大学研究報告 20巻2号 2001
表示部分は女流歌人を取り上げる前付記事の一つで左丁に「紫式部」の項がある。上段には紫式部の名の由来や別称(「日本記の局」)について述べる文章、下段には上東門院に拝謁する紫式部の姿を描いたかと思しき絵が示される。
(2)巻名・香図・和歌・絵図の組み合わせ
往来物の中の『源氏物語』記事として最も多く見られるのが、巻名・香図・和歌・絵図の組み合わせです。早い例では前出の『女源氏教訓鑑』の本文に見られ、添えられる絵図は場面絵となっています。女性用の往来物としてベストセラーに数えられる『女大学宝箱』(享保1[1716])では前付記事として収録され、広く享受されたと考えられます。付録的記事としては主に二段組、三段組版面の上段に配置される頭書として収録され(『女文選料紙箱』 寛延4[1751])、巻を象徴する絵柄(意匠絵)を添えるものも多数あります(『絵入注釈百人一首』 嘉永1[1848]ほか)。往来物の刊行が進むと共に、デザインや内容に工夫が加えられていきました。
ここでとりあげられる和歌は、藤裏葉巻と若菜下巻以外は各巻の作中歌となっています。小町谷照彦氏は、和歌群は往来物の中で共通し、巻名に関わるものも多く、「何らかの意味において、その巻の頂点となる場面を示して」おり、源氏物語の代表的な場面を網羅し、物語概要を掴むことのできる秀歌撰であると指摘されています*1。また、「源氏香」は代表的な組香の一つで、香の組み合わせを示す図を「源氏香図」といいます。組香は女性の教養の一つとされ、「源氏香図」自体もデザインとして広く用いられていきました*2。往来物では、本来存在しない桐壺、夢浮橋の香図を描き込む例も多数見られます。こうした巻名と和歌、香図の組み合わせは、『其由縁源氏絵合』(刊年不明)といった往来物以外の資料にも見られます。本資料は一種のかるたと見ることができ、絵札の絵柄から『偐紫田舎源氏』(柳亭種彦,文政12[1829]~天保13[1842])に関するものと考えられ、和歌と香図を示す文字札と、絵札の巻名とを照合して遊ぶものと推測されます。往来物により共有された知識の拡がりは、こうした資料の存在からも伺えます。なお、和歌と絵図の組み合わせは、『女用文艶詞』(刊年不明)や『女庭訓往来』(嘉永4[1851])のように、八景や四季といった趣向と結びつけられたものもありました。登場人物をとりあげる例としては、女三宮の姿を描くものも散見されます(『女文章四季詞鑑』 天明9[1789])。
この他の付録的記事として、習字手本にも見られた、巻名を織り込む長歌があります。『女用文章往かひ振』(天保4[1833])には「源氏目録文字くさり」と題して「源氏文字鎖」が、『頭書女用文袖珠』(刊年不明)には「源氏短歌」が頭書に収録されています。
注
*1 小町谷照彦「歌と語り」(『日本文学講座』4 大修館書店 1987)
*2 前田智子「源氏香」(『源氏物語の変奏曲-江戸の調べ』三弥井書店 2003)
参考文献
石川松太郎編纂『日本教科書大系 往来編 第6巻 社会』講談社 1973
石川松太郎監修 小泉吉永編『往来物解題辞典』大空社 2001
【コラム】 源氏文字鎖 ―読んで、声に出して実感できる、その魅力―
ここでは、往来物の中で手本や付録的記事として見られた「源氏文字鎖」に注目し、その教材としての魅力に迫ってみましょう。
『源氏物語』五十四帖の巻名を織り込んだ長歌は、いくつかのバリエーションがあったようですが、中でも「源氏文字鎖(げんじもじぐさり)」は室町時代末頃に成立したとされる、最も広く享受された標準的なものであったようです*1。「文字鎖」は和歌等の修辞法の一つで、句の終わりの文字と次の句の頭の文字を合わせ、鎖のように連ねるものです*2。「源氏文字鎖」では、七音五音の二句で1フレーズとし、1フレーズに一つの巻名を織り込み、ほぼ全体を通して1フレーズの終わりの文字と、次のフレーズの最初の文字或いは音を合わせ、しりとりのような形をとっています。
(例) ゆかりもとめし ・ 乙女子か かけつゝしのぶ ・ 玉葛
七音 五音 七音 五音
ところで、みなさんは『源氏物語』の五十四の巻名を全て暗唱できるでしょうか。ある程度の巻まで、或いは代表的な巻を挙げるのであれば可能でしょうか。いずれにしても、五十四帖全ての巻を正しい順序で暗唱することは、なかなかに難しいことといえますが、「源氏文字鎖」は七五調でリズムが良く、音読し、書き写して、体に落とし込むように覚えていける教材といえそうです。しりとり形式のフレーズ間の結びつきは、途中ふと分からなくなった時のヒントと考えることもできそうです。
今回、展示資料とした『初登山文章 (手習児文章)』収録の「源氏五拾四帖長歌」を用いて、この「源氏文字鎖」を一望できる翻刻資料、そして音読音声*3を作成しました。ぜひみなさんの目で見て、耳で聞いて、さらにはご自身で書いたり音読いただいて、長い歴史を経て現代に伝わる学びを体感いただければと思います。
なお、「源氏文字鎖」は往来物によって表現等に細かな違いがあるようです。参考資料として、『紅葉百人一首姫鏡』の頭書掲載の「源氏目録文字ぐさり」も挙げています。ぜひ見比べてみてください。
注
*1 「源氏文字鎖」(『源氏物語注釈書・享受史事典』伊井春樹編 東京堂出版 2001 )
*2 「文字鎖」(『日本国語大辞典』小学館 2000 )
*3 音読音声用のテキストは「現代仮名遣い 歴史的仮名遣い対照表」(文化庁)に基づいて作成しました。
また、音読音声作成には、音声読み上げソフト「音読さん」を使用しました。
源氏五拾四帖長歌(『初登山文章 (手習児文章)』二)
源氏目録文字ぐさり(『紅葉百人一首姫鏡』)
II. 明治時代から昭和初期
明治時代に入ると、明治5[1872]年の学制発布により急速に学校制度が整備され、各種学校用教科書の編纂が進められていきます。ここで、明治時代から昭和時代戦前期における教科書について見てみましょう。
旧制中学校、高等女学校の教科書については、一色恵里氏による野地潤家氏および国立教育研究所附属図書館(現、国立教育政策研究所教育図書館)所蔵の国語教科書を対象とした採録実態調査に基づいた詳細な論考*1があります。同書によれば、明治時代の教科書では、第一部の巻々から(ごく一部に宇治十帖から)複数の巻の本文として採られて教材化されます。大正時代になると採録数は大きく減少しますが、昭和時代戦前期に再び採録数は増加、ただし、明治期の複数の巻を採録する傾向に対して、戦前期は須磨巻を単独で採録したものが大半を占めるようになります*2。また同書は、ここに断片的な採録から名文に触れさせる傾向への変化も指摘しており首肯されます。
小学校については、第四期国定教科書(『小学国語讀本:尋常科用11』昭和13[1938])、第五期国定教科書(『初等科国語7』昭和17[1942])に、紫式部の伝記と共に、若紫巻が現代語訳で掲載されています*3。
注
*1 一色恵里『「源氏物語」教材化の調査研究』渓水社 2001
*2 当館所蔵の旧制中学校、高等女学校の教科書には、『源氏物語』を収録する教科書が僅かであり、電子化を行っていないことから、国立教育政策研究所教育図書館「近代教科書デジタルアーカイブ」およびジャパンサーチの同コレクションで公開されているデータにより、内容をご紹介することとしました。ここに記して、国立教育政策研究所教育図書館様のデータ公開・提供のご厚意に深く感謝申し上げます。
・国立教育政策研究所教育図書館 「近代教科書デジタルアーカイブ」
https://jpsearch.go.jp/database/nier_mode
https://www.nier.go.jp/library/textbooks/
*3 *2に同じ。
明治時代 : 旧制中学校教科書
掲載記事名は、「第二十一 蓬生の宿」、「第二十二 小柴垣」、「第二十三 須磨の秋」。PDFファイル p.44~53(資料上の頁数は四十~四十九)に掲載。
掲載記事名は、「第十六 わか紫 一」「第十七 其の二」、「第十八 須磨のさすらへ」、「第十九 其の二」、「第二十 其の三」。PDFファイル p.32~41(資料上の頁数は二十八~三十七)に掲載。
明治時代 : 高等女子学校旧制中学校教科書
昭和時代 戦前期 : 旧制中学校教科書
昭和時代 戦前期 : 高等女子学校旧制中学校教科書
国定教科書
III. 戦後~現代 ―戦後検定教科書の中の『源氏物語』―
昭和22[1947]年、教育基本法、学校教育法が制定され、新たな教科書検定制度が定められて、戦後80年の検定教科書の歴史が始まります。
新制学校の教科書にあっては、中学校教科書においても、若紫巻や、紫式部と清少納言とを並べる読み物教材が採られた時期はあったものの、総じて『源氏物語』を扱うのは高等学校教科書においてです。戦前の名文主義からは早い段階で脱却し、鑑賞の見地から桐壺巻・若紫巻が採られ、この二巻の採録は定着して現在に至りますが、それ以外にも複数の巻を並べて採録する方向性が生まれ*1、桐壺・若紫巻以外の巻々の採り方は多種多様に展開します。その変遷の様相をたどると、国語科教科書の他の教材と同様に、学習指導要領の約10年ごとの改訂(経験主義→学力低下批判・能力主義→詰め込み批判・学習内容の適正化→ゆとり教育批判・新しい学力観→伝統的な言語文化の尊重→資質・能力と主体的・対話的で深い学びの重視)や、国語科教育研究の展開(文学鑑賞、心情読解、作品研究的な精緻な読み、読者論的アプローチ、探究活動など)がゆるやかに影響していることがわかりますが、また同時に、『源氏物語』および中古文学研究、また周辺各領域の研究の進展の関わりも随所に見出すことができます。
ここでは、いくつかの巻を基点として、当館所蔵の戦後検定教科書の一部をご覧いただきます。また、各巻にはそれぞれコラムを配置しました。教科書を紐解く一つの視点としてご覧いただき、現在に至るまでの高等学校における学習者と『源氏物語』との出会いの場の変遷と諸相に触れていただければと思います*2。
(吉野 誠)
注
*1 一色恵里『『源氏物語』教材化の調査研究』渓水社 2001
*2 各コラムでは、『源氏物語』各巻の該当箇所を参照できるよう、新編日本古典文学全集『源氏物語』 (小学館 1994-1998)の巻数(丸囲みの数字)、章段番号([ ]囲みの漢数字)を示しました。
高等学校学習指導要領の変遷
『源氏物語』が掲載された戦後検定教科書
企画展では、東京学芸大学附属図書館が所蔵する戦後検定教科書のうち、高等学校古典分野について一部を展示しました。本ギャラリーでは、これに代えて、当館が公開した オープンデータ「教科書の中の『源氏物語』」 をご紹介します。
本データは、5月に開催した企画展「出会い、学ぶ『源氏物語』」の準備として行った、高等学校古典分野の戦後検定教科書を対象とする調査で得られた667件のファクトデータを基礎としています。『源氏物語』が掲載される433件の教科書データと、各教科書における『源氏物語』掲載巻のデータが収録されています。
本セクションのコラムと共に眺めていただき、戦後検定教科書における『源氏物語』に触れていただく一助となれば幸いです。
・LODデータ利用ページ
https://www2.u-gakugei.ac.jp/~library/genjitext/index.html
・Excelデータ (東京学芸大学リポジトリ)
http://hdl.handle.net/2309/0002000685
・LODデータ(LinkData)
https://linkdata.org/work/rdf1s10294i *データセット
https://idea.linkdata.org/idea/idea1s4023i *詳細説明
コラム ―戦後検定教科書を紐解く視点の一つとしてー
夕顔巻 ―多彩な魅力を持つ優れた小品―
夕顔巻は『源氏物語』4番目の巻にあたります。序盤に乳母を見舞う光源氏の夕顔の君との出会いを描き(新編全集①夕顔[1])、中盤に二人の逢瀬(同[10])、なにがしの院での怪異と夕顔の死(同[11][12])を描き、その後の光君の憔悴(同[13]以降)を描いて締めくくります。扇により夕顔の花が光君に贈られ、「心あてに…」の贈答歌に至る冒頭のくだりは、源氏絵や意匠のモチーフとしても代表例の一つといえます。「なにがしの院」のくだりは、怪異をめぐる情景描写、心理描写の巧みさがひとしお際立ち、光君の枕上に立った女の霊の言葉「おのがいとめでたしと見奉るをば、たづね思ほさで、かくことなる事なき人をゐておはして、…」に、読者は光君と共に思わず震撼させられることでしょう。このように、夕顔巻は桐壺巻からの『源氏物語』の流れに位置づけられつつも、一人の女君との出会いから別れまでを起承転結をもって収め、かつ読者を惹きつける印象深い場面に満ちた優れた小品でもあるといえます。
戦後検定教科書では、こうした夕顔巻の特徴に着目してか、早くから教材として注目されていたようです。草創期にあたる1956年検定期には、当館所蔵資料の範囲でも5種類の教科書に例が見られます。以降、現代まで『源氏物語』全体から巻々を抄出して教材とする際はその一角を担う巻として扱われ、更に夕顔巻を単独で取り上げる例、玉鬘巻と共に抄出して夕顔・玉鬘母子の物語として読ませようとする例も散見されます。全体として各教科書においては焦点を当てる場面が個々に選びとられながら、学習者に本巻の表現を読み味わわせ、その魅力に触れさせようとしています。
(瀬川 結美)
注
*1 物語の該当箇所について、新編日本古典文学全集『源氏物語』(小学館 1994-1998)の巻数(丸囲みの数字)、章段番号([ ]囲みの数字)で示しています。
教室で垣間見る「若紫」 ―教科書による継承とその変化―
若紫巻における、光源氏が後の正妻となる紫の上に出会う場面(新編全集①若紫[4]*1)は、戦後の検定教科書においても時代を通して長く教材となり続けている箇所です。しかし、その場面も昭和戦前期頃では、教育的配慮のもと削除を要求されることもあったところでした*2。そのような変動がありつつも、1956年ごろから現在まで変わらず採録され続けている若紫巻は教科書の中でどのように扱われてきたのでしょうか。掲載箇所には大きな変化はなくとも、学習における「問い」の設定や掲載される挿絵において時代ごとの特徴を見とることができます。まず1956年から1972年ごろの検定教科書では、髪の様子や自然描写など、より本文の描写を整理させる問いが主となっています。それが現代に近づくと、描写の整理に加えて光源氏が少女に心引かれる理由について考えるような課題が見られるようになりました。かつては避けられることのあった場面ではありますが、むしろ現代ではそれを課題として学習者が考える手引きを取ることで、誤解を避けて作品世界を広げる読みへと繋げる工夫がなされているのではないでしょうか。
さらに、若紫巻において印象的であるのが土佐光吉筆による『源氏物語画帖』の挿絵でありましょう。版本による絵入り本の挿絵が用いられること(『基本古典 Ⅰ甲』実教出版 1972*3)もありましたが、初期の採用例として『高等学校新古典一』(第一学習社 1994)が挙げられ、その後他の教科書においても多く採用されるようになりました。
(仲佐 美郷)
注
*1 物語の該当箇所について、新編日本古典文学全集『源氏物語』(小学館 1994‐1998)の巻数(丸囲みの数字)、章段番号([ ]囲みの数字)で示しています。
*2 原岡文子「教科書の『源氏物語』「若紫」垣間見少考―教材化の史的変遷、そして史的文化状況の中の変容」愛知県立大学説林 65 2017・3
*3 本コラムにおいては、当該教科書の検定年を示しています。
「車争いともののけ出現」(葵巻)―教室に招来されるもののけ―
(新編全集②[1]~[17]*1)
葵巻は、光源氏の正妻葵の上一行と、年上の恋人六条御息所の一行が衝突する葵祭の「車争い」の場面と、屈辱を抱えた御息所の情念がもののけとして出産間際の葵の上に取り憑く場面が有名ですが、葵巻を早くに採録した『古典乙Ⅱ古文』(実教出版 1964*2)は、巻冒頭からもののけ出現後までを長く収め、生き霊が取り憑いた葵の上の状態を問い、「御息所の〈心〉の部分と夢の部分とを指摘せよ」と本文解析にも踏み込みます。『古文』(三省堂 1982)は更に思い切った方針で、採録は葵巻のみ。その冒頭から葵の上葬送まで通読させて、場面の表現、御息所と光源氏の心情、のみならず「全体として、いったい作者は、男女の愛や人生について、どんなことを書いていることになるのか。」と大きく問います。葵巻という選択は、論点が豊富でかつ拡散し過ぎず、またもののけと女の情念が興味を惹きやすい点によるのでしょう(大学の15週の講読で葵巻が選ばれやすいことも思い起こされます)。その後の指導要領の変化と教材厳選化の中でこれらのような長大な採録は無くなりますが、「車争い」を取り上げて、『総合古典』(筑摩書房 1983)は御息所の後悔の有無を、『古典(総合)講読』(東京書籍 1988)は行列見物の双方の動機を問い、或いは、もののけ登場場面を取り上げて御息所の心情を問い、というように、葵巻を採録する教科書自体は増加傾向にあります*3。生徒への興味の喚起のしやすさ、キャラクターへの迫りやすさ、比べ読み等の学習活動上の扱いやすさなどからか、御息所は依然として教室に招来され続けています。
(吉野 誠)
*1 物語の該当箇所について、新編日本古典文学全集『源氏物語』(小学館 1994-1998)の巻数(丸囲みの数字)、章段番号([ ]囲みの数字)で示しています。
*2 本コラムにおいては、当該教科書の検定年を示しています。
*3 旧課程「古典B」の2017(平29)年検定教科書では、『精選古典B』東京書籍、『古典B』三省堂、『古典B』筑摩書房、『古典B』明治書院が車争いを採録。『古典B』教育出版、『古典B』大修館書店、『新探求古典B』桐原書店、『新編古典』文英堂がもののけ出現を採録。『古典B』数研出版、『古典B』第一学習社は葵巻からの採録は無し。
萩の上露~紫の上の死(御法巻) ―死にゆく紫の上の心情と唱和歌―
(新編全集④御法 [6]*1)
光源氏51歳の秋、死を悟った紫の上が、前栽の萩の上の露に自らを重ねて歌を詠み、光源氏や明石の中宮に心を配りながら夜明けに亡くなる御法巻の一場面は、旧課程「国語B」のほぼ全ての教科書が載せていますが*2、この箇所は古くからの「定番」教材ではありません。早くは『古典文学』(中央図書 1959*3)が採りますが、正編の決着という趣旨では直後の夕霧登場場面や幻巻の追憶場面を採る教科書も多かった。それが、『改訂古文古典Ⅰ乙』(教育出版 1975)で「紫の上の、中宮や源氏に対する気持ち」「紫の上の死に対する源氏の悲しみ」を問いながら採録され、次いで『新選古文』(尚学図書 1982)等も採るようになり各人物の心情読解を問います。これらの展開には、作品論の国語科教育への波及と、また『源氏物語』研究が作品論や人物論の季節を迎えたことが関係するでしょう。さらに『古典Ⅱ』(教育出版 1995)の「紫の上、源氏、中宮の歌には、それぞれ、どのような思いがこめられているか。」のように、心情読解に唱和歌の理解を組み合わせた問いが見られるようになります。これらは時期的には小町谷照彦や鈴木日出男らが開拓した物語和歌研究の成果の反映だと考えられます*4。もとより当該場面は、若紫巻以来の紫の上物語の結末として読める求心力の強さを持ちますが、ここで、和歌学習と心情読解との有機的関連が期待できる、高校古典の総まとめの時期に適合する題材でもあることが「発見」されたといえます。こうして、この場面と問いはゆるやかに定番教材化していきます*5。
(吉野 誠)
*1 物語の該当箇所について、新編日本古典文学全集『源氏物語』(小学館 1994-1998)の巻数(丸囲みの数字)、章段番号([ ]囲みの数字)で示しています。
*2 基礎的な内容で構成された国語Bの教科書は除く。
*3 本コラムにおいては、当該教科書の検定年を示しています。
*4 小町谷照彦『源氏物語の歌ことば表現』(東京大学出版会、1984)所収の諸論考、鈴木日出男「紫の上の絶望」(文学・語学 49 1968・9)、「光源氏の最晩年」(学芸国語国文学 8 1973・6)ほか。
*5 ただし教科書教材の「定番」化には、内容面のみならず、指導要領の変化と教材の精選・厳選傾向、経済状況の変化など複数の要因が指摘される。幸田国広「「定番教材」の誕生―「羅生門」教材史研究の空隙」(国語科教育 74 2013・9)ほか。
教科書の中の〈浮舟〉
ここでは、〈浮舟〉という切り口をもって『源氏物語』と学習者の出会いを眺めてみます。『源氏物語』第三部の後半に登場する〈浮舟〉は、おのずと物語の結末、長編物語の着地点を担うことにもなりましょう。
高等学校教科書1956年検定分では、『源氏物語』はほとんど第一部光源氏の物語から採られています。そうした状況で〈浮舟〉はまず、薫と対面し宇治へと連れて行かれる場面(新編全集⑥東屋[39] *1)から一冊、高等学校の教科書に登場しています(当該場面は唯一『標準高等学校(乙)古典編下』(教育出版)のみに掲載)。
1957年検定分から、〈浮舟〉は出家する女君として教科書に登場するようになります(同手習[20]等)。1962年検定分からは、〈浮舟〉関連の場面のみで源氏物語を代表させる教科書も出てきます。この頃の教科書では匂宮・薫という二人の貴公子との三角関係の末、死を決意、甦生してなお出家を選ぶよりない、〈浮舟〉の心情を読み取ることが課題となっています。
出家の前後場面に変わって増えてくるのが、匂宮と関わりを持った後の薫との逢瀬の場面です(同浮舟[15]等)。二人でいながら薫は過去の恋に思いを馳せ、浮舟は他の男との関わりに愁いを帯びる。その姿に薫はかえって惹きつけられる、という非常に複雑な場面です。この場面で薫と匂宮、それぞれへの「愛情」を問うなど、やはり内面への注視が課題とされています。
教科書の〈浮舟〉を考える上で一つの画期となるのは1991年検定の『高校古典総合』(三省堂)です。宿木・東屋・浮舟・手習・夢浮橋と〈浮舟〉関連の全巻から本文を掲載し、〈浮舟〉物語の全体との出会いが準備されていました。ここで採録されたいわゆる「橘の小島」、〈浮舟〉の呼び名の由来となった歌を含む場面が、現在も「定番」となっています。様々な画家がこの場面を絵画化しており、印象深い挿絵として掲載できるのもこの場面の「強さ」でしょう。主として歌とその修辞から〈浮舟〉の思いが読み解かれ続けています。
(斉藤 昭子)
協力者一覧
監修
- 斉藤 昭子(東京学芸大学)
企画・解説等執筆
- 斉藤 昭子(東京学芸大学) III.
- 吉野 誠(城北中学校・高等学校教諭) II. III.
- 仲佐 美郷(東京学芸大学教職大学院 学生) III.
- 瀬川 結美(東京学芸大学附属図書館) I. II. III.
資料翻刻・音声データ作成
- 瀬川 結美(東京学芸大学附属図書館)
- 真家 美咲(東京学芸大学附属図書館)
デザイン
- 南雲 修司(東京学芸大学附属図書館)
資料調査
- 東京学芸大学附属図書館
- 仲佐 美郷(東京学芸大学教職大学院 学生)
開催協力
- 中古文学会
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