江戸・明治の出世双六 ~上りにたくす夢~
2006年11月1日(火)~11月6日(日)に東京学芸大学附属図書館で開催した企画展示のオンラインギャラリーです。公開にあたり、内容や構成に一部変更を加えています。
ごあいさつ
東京学芸大学は、明治6年に設立された東京府小学教則講習所、大正9年に設立された東京府立農業教員養成所などを前身とする 4 校の師範学校を統合して、昭和24年5月に創立されました。附属図書館では、これら前身機関の蔵書を引き継ぐとともにコレクションの充実を図っているところです。とりわけ特徴的なものは、江戸時代に寺子屋で使われていた庶民教育の教科書ともいうべき往来物をはじめとして、明治初年から現在に至るまでの教科書のコレクション、そして近世庶民教育資料としての「双六コレクション」などです。
今年は、この双六をできるだけ多くの方々に直接ご覧いただけるよう、双六シリーズの第 2 回目として、江戸明治期を中心とした「出世双六」を総合テーマにとりあげます。いわゆる立身出世のみならず、振り出しから上りまでの間に何らかの向上を願う庶民の夢があり、七転び八起きの仮想人生がもたらすおおらかな楽しみや学びの世界を体験出来るものを選んでみました。また、いくつかのサブテーマを設け、双六と併せて関連資料を展示するほか、画像による紹介や楽しい体験コーナーも用意しました。
当時の様子を今に伝える双六を通じて、その時代に思いを馳せながら、こうした夢を追う遊びが世に送り出された背景、そして遊びを通じて人々が何を思い、何を学んでいったのかをご一緒に考えていただければ幸いです。
また、東京学芸大学附属図書館では貴重な資料を多くの皆様に手軽にご覧いただけるように、資料のデジタル化にも取り組んでおり、望月文庫及び双六コレクションの画像データベースをインターネットで公開しています。附属図書館のホームページ*からご覧ください。
東京学芸大学附属図書館長(当時)
細 江 文 利
*本文は展示当時のものです。現在は、東京学芸大学教育コンテンツアーカイブおよびジャパンサーチにて公開されています。
はじめに
東京学芸大学附属図書館は100点余りの絵双六のコレクションを所蔵しています。内容は江戸時代から明治時代を中心として、教育に関連の深いものを中心としています。今回はその中から、「出世双六」といわれるものを集めて展示しました。
「出世双六」とは、その名のとおり、人々の出世への夢を絵双六にしたものです。「上り」は当時の人々の憧れの境地を示します。江戸時代、明治時代の人々はどんな出世を夢見ていたのでしょうか。一方厳しい現実があることも事実です。「上り」に至るまでの一つ一つのコマはそれを示しています。こちらもゆっくりとご覧下さい。
本図書館収蔵の「出世双六」の特色は、女性を対象として作られたものが多いことです。江戸時代の女性の生活や夢、明治時代以降それらがどのように変化していくのかを、これらからうかがい知ることができます。女性の生活の移り変わりを見ていく上でも貴重な資料となっています。
監修:東京学芸大学 日本語・日本文学研究講座 教授(当時)
黒 石 陽 子
展示資料
一、立身出世のさきがけ
「三州(さんしう)矢(や)矧(はぎの)橋(はし)」を振り出しとし、秀吉が天下を取って上りとなる双六。実名を出すのをはばかったか、秀吉は「猿(さる)之(の)助(すけ)」とされ、その他の人物も実在のものとは異なっている。 [錦朝楼芳虎画 藤岡屋慶治郎版 49×73cm ]
「日吉丸誕生」を振り出しとし、秀吉が天下を取って上りとなる双六。1.と重なるマスが見られるが、人物名は実名となっている。当館所蔵資料は江戸時代のものを明治以降に再版したもの。 [松岡堂松岡利兵衛(金沢)・天摩堂池田伝兵衛(西京) 松栄堂梅村為助(大坂)版 51×73cm ]
「日吉(ひよし)丸(まる)出産(しゆつさん)の霊(れい)夢(む)」を振り出しとし、「伏(ふし)見(みの)大(おほ)地(ぢ)震(しん)」を上りとする双六。摺(す)りの状態は良いとはいえないが、遊びながら太閤記の名場面を楽しむことができる。 [永島春暁画 森本順三郎版 47×35cm]
「矢(や)矧(はぎの)橋(はし)」を振り出しとし、「殿(でん)下(が)醍(だい)醐(ご)の花(はな)見(み)」を上りとする双六。題名にはないが太閤記を題材としたもの。明治以降も秀吉の伝記物語は人気を集めていた。 [ 永島春暁画 森本順三郎版 47×72cm ]
戦場での様々な戦略を集めた双六。「一番手乗り出し」を振り出しとし、「勝(かち)軍(いくさ)諸(しよ)士(し)恩賞(おんしやうを)賜図(たまはるづ)」を上りとする。マスの見出しには模様として家紋が見えるが、特定の武将を示しているわけではない。 [五雲亭貞秀画 安政4(1857)年 70×69cm]
幕末の幕府軍がフランス式の調練を受けている様子を描く双六。各マスは「さしづやく」「かしら(頭)をみぎ」「なをれ」など役回りや号令を表している。 [一柳斎国孝画 慶応2(1866)年 大黒屋金三郎版 48×70cm]
コラム1 絵双六のいろいろ ~廻り双六と飛び双六~
今日、多くの人が「双六」と呼んでいるのは、紙に描かれた「絵双六」のことで、日本の伝統的な遊びの一つです。
「振り出し」(スタート)の位置に自分の代わりとなる駒を置いてさいころを振り、出た目数に応じて駒を進めながら「上り」(ゴール)を目指します。何人かで集まってするこの遊びでは、誰が一番に「上り」にたどり着けるかを競争します。
絵双六には「廻り(まわり)双六」と「飛び双六」の大きく二つの種類があり、それぞれ絵双六の図柄や遊び方が異なります。
廻り双六とは
「廻り双六」は、さいころを振って出た目数のマスだけ、「振り出し」(スタート)から自分の駒を進めます。
(例)さいころを振ったら (3)が出でたので3マス目へ…。
名前の通り、絵双六の上を廻りながら上りに向かいます。
飛び双六とは
「飛び双六」では、それぞれのマスに、さいころの目数に応じた移動先が書かれています。さいころを振ったら、マスに書かれた内容を読み、出た目数に応じた移動先へ駒を進めます。マスには、全ての目数について移動先が書かれているわけではなく、さいころを振って移動先が書かれていない目数が出てしまった場合は、駒を動かすことができません。
振り出し「一番手のり出し」のこまの右下に、さいころの目に応じた行き先が書かれている。 一の場合は「一 一番鑓」に進む
名前の通り、絵双六の上を飛ぶように進みながら上りに向かいます
二、出世双六に見る女性 ~その1 江戸時代~
「おどり子娘」を振り出しとし、「万福(まんふく)長者(ちやうじや)極(ごく)楽(らく)隠居(ゐんきよ)」を上りとする双六。各マスには、「手習師匠」や「しうとめ」など、女性の様々な仕事や立場が示されている。 [溪齋英泉画 和泉屋市兵衛版 49×64cm]
1つ前の双六と同名の双六。全体のマス数や示された女性の仕事や立場等に違いが見られるが、上り「万福(まんふく)長者(ちやうじや)極(ごく)楽(らく)隠居(ゐんきよ)」や、同一名のマスの挿絵や言葉には共通性も見られる。 [金網屋版 34×49cm ]
女性の様々な仕事や立場をめぐり、上り「御(おん)奥(おく)様(さま)」を目指す双六。「奥様」は江戸語で旗本の正妻又は大名の奥方をいい、上りの挿絵の女性の隣には殿様が描かれている。 [一鵬齋芳藤画 辻岡屋文助版 71×52cm ]
武家に仕える女性の出世を題材とする双六。各マスには様々な奥仕えの身分や役職が示されている。双六の左下には、不始末のせいか暇を出され帰される「御暇(おいとま)」のマスもある。 [万亭応賀作 (歌川)豊国画 上州屋重蔵版 弘化(1844-47)頃 47×65cm]
「静(しずか)御前(ごぜん)」を振り出しとする双六。上りのマスには女性に敬われる女主人の様子が描かれる。各マスに配置された多くの賢女に見習って成長することを導く双六と見ることができる。 [一梅齋芳晴画 辻岡屋 51×31cm ]
コラム2 見比べてみよう ~二つの「新板 娘庭訓出世双六」~
当館では「新板 娘庭訓出世双六」という名の双六を二種類所蔵しています。この二つの双六を見比べてみると多くの共通点を見出すことができ、この種の双六が形を変えながら人々に親しまれたことがわかります。
二つの双六の違いや 共通点はどこでしょう?
(翻刻:東京学芸大学附属図書館 双六・往来物研究会)
三、出世双六に見る女性 ~その2 明治・大正時代~
「出産」で振り出し、上りのお嫁入りまで女の子の成長を追って進む双六。大丸呉服店が出したもので、「春物売出」「冬もの売出」などのマスにとばして進む指示があるのはご愛嬌。 [大阪 大丸呉服店 明治43(1910)年 56×66cm]
「女学校卒業の図」を振り出しとし、大人の女性が身につけるべき作法を描いたマスを進む双六。上りは、婚礼ではなく「慈善会の図」となっている。 [東京 松野米次郎 明治30(1897)年 72×79cm]
下段中央の「衣服をあらたむるてい」を振り出しに、上段中央の「婚礼の式に望むてい」を上りとする双六。嫁入り前の上流階級の女子が身につけるべき教養や作法が12のマスに美しく描かれている。 [牧金之助版 明治31(1898)年 74×73cm]
「無心(むしん)ノ女(じよ)児(じ)」を振り出しとし、「當世の淑女」を上りとする双六。将来の進路として、職業婦人の教員、新聞記者、医者など新しい女性の生き方も見られる。 [間野秀俊作 小林清親画 明治19(1886)年 山本松之助版 73×72cm]
コラム3 男の子の出世 女の子の出世
当館収蔵の絵双六の中で男の子の「出世」を扱ったものには、豊臣秀吉を主人公としたものが数多くあります。出世頭として秀吉は、江戸から明治にかけて代表的な歴史上の人物でした。
当館には所蔵されていませんが、江戸時代の「出世双六」としては町人の出世を描いたものも多くありました。丁稚から始めて、独立を許されるようになるまでの商家奉公人の出世、医者や儒者のように学問による出世、宗匠などの遊芸による出世などがありました。
江戸時代の女の子の「出世双六」にも才色兼備の賢女や才女への憧れが描かれているものがあり、現実に密着したものが多いようです。それらは上りのところが「万福長寿」「極楽隠居」となっています。また「上り」が大名の奥方の場合もあります。町人の娘が大名の奥方となる糸口は、武家奉公でした。「奥奉公出世双六」はそうした興味に答えて作られたものだったのでしょう。
飛び双六の形式では、最下段から次第に上位に上っていく構造になっています。良い目が出れば、生まれに関わらず大名の奥方への道も開けますが、悪い目が出れば社会の最下層に転落することもあります。まさに江戸時代版人生ゲームといってよいでしょう。(黒石 陽子)
四、発想のおもしろさ
「振り出し見(み)合い」で見合いをし、「結納」「縁談」を経て「婚礼」で上る双六。振り出しと上りの間のマスは左右に分かれており、左半分に女性の、右半分に男性の職名や立場あるいは身につけるべき教養や作法が描かれている。 [山城屋庄次郎版 49×38cm]
「鑓(やり)餅(もち)振(ふり)出(だ)し」から上り「金(かね)餅(もち)」まで、〈もち〉の付く言葉を集めた双六。上りの挿絵の鉢植の文字など細かい所にも遊びがある。「あんころ餅(もち)」など絵との関係が不明なマスもある。 [鶴亭秀賀作 一恵斎芳幾画 辻岡屋文助版 72×49cm]
振り出しには本と双六を売る姿が描かれ、双六のマス全体を囲むように大阪平民館(書店)の宣伝文がある。基本は女性の出世双六だが「男女同権」、「慈善事業」など明治の世相を反映したマスもある。 [榎本松之助作 耕雪画 榎本松之助版 71×54cm]
分岐点で正道・邪道に別れる双六。教訓にユーモラスな絵をつけてマスとしている。だじゃれ的なマスも。右の欄外に「遊び方」あり。裏面では、10人の画家の絵により12の教訓を紹介している。 [谷脇素文作 大日本雄弁会講談社版 55×79cm]
コラム4 絵双六に描かれる女性 江戸から明治へ
江戸時代の女性の出世双六は、町人の現実生活をそのまま写した内容のものが多くみられました。それは双六で遊んだ町人の子どもたちの生活を反映したものであったでしょう。
明治に入ると、双六が雑誌の付録として作られることも多くなり、商店の広告用にも作られるようになりました。そのため女性を対象とした絵双六の内容も多様になり、さまざまな階層や年齢層に合わせたものになってきます。
上流家庭の女性を描いたものには、お稽古事の様子や、教養、作法を身につけている淑女の美しい姿を描いたものがあります。また大丸呉服店の広告用の双六では、一人の女性の誕生から嫁入りまでを廻り双六で描き、ところどころに自分の店の売り出し宣伝を入れています。
大正時代末年から昭和にかけては、双六で女性の新しい職業が紹介され、女性の生き方にさまざまな可能性が開かれてきたことが分かります。 (黒石 陽子)
参考文献
- 『幕末・明治の絵双六』加藤康子, 松村倫子編著 国書刊行会, 2002.2
- 『双六 (すごろく)』吉田修, 山本正勝文 文渓堂, 2004.3
- 『すごろく1・2』増川宏一著 法政大学出版局, 1995.7
- 『ビジュアル・ワイド江戸時代館』大石学, 小澤弘, 山本博文編集委員 小学館, 2002.12
協力者
監修およびコラム・解説執筆
・黒石 陽子(東京学芸大学)
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