日本におけるアサガオの歴史
古くから私たちに身近な植物であるアサガオ。その歴史と栽培の流行について。
はじめに
アサガオと聞いて思い浮かぶのはどのような姿だろうか。幅広い緑の葉に大きな丸い青や赤の花、そんな姿がイメージされることが多いであろう。夏の朝顔市や小学校での栽培などで現代でも親しみ深い植物であるが、実はアサガオは昔から日本に自生していた植物であったわけでは無い。しかし日本で独自の発展を遂げ、最も発達した園芸植物と称されることもある。海外においても日本原産でないにもかかわらずJapanese morning gloryという英語の通称が付くほどにまでなっている。現代では丸い大輪の品種がメインではあるが、栽培の流行の始まり、そして最盛期であった江戸時代には想像もつかないような形のアサガオの品種が何百種類と栽培されていた。ここでは日本におけるアサガオの導入から現代にいたるまでの間に起こったアサガオブームとアサガオの歴史について各年代の資料と共に紹介する。現代まで受け継がれてきたアサガオとその育種の発展について興味を持ってくれると嬉しい。
日本へのアサガオの導入と普及
アサガオの原産地はアジア、もしくは中南米の熱帯から亜熱帯地域が原産であると考えられている。日本には奈良時代ごろに中国から持ち込まれた。アサガオには下剤としての薬効があり、当初は薬として用いられていた。アサガオは古くは牽牛と称され、万葉集など古い記述に登場する朝顔と呼ばれているものはキキョウやムクゲの事である。この当時見られたであろう野生型のアサガオの形は現代のものとは少し異なり、小さい青色の花を咲かせるものであった。平家納経などにはそのような野生型のアサガオが描かれている。
元々は薬としての導入であったが、その後花を楽しむ目的での栽培が増えるようになっていったと思われる。しかしながら、しばらくの間は突然変異により白色や赤色の花が生まれたことなど程度で品種改良の面ではあまり進展は見られなかった。しかし、江戸時代に入ると日本において園芸が独自の進化を遂げるようになる。江戸時代初期の頃はツバキやサクラなどの樹木が中心であったが、1800年代の江戸時代中期になるとフクジュソウやショウブ、万年青など他の草本と共に様々な園芸品種が生み出されるようになる。それと共に朝顔は大阪、江戸といった大都市で複数回のブームを迎え、より様々な色、形のものが生み出されるようになった。
様々なアサガオの描かれた作品
第一次アサガオブーム
第一次アサガオブームの巻きあがったのは文化文政期である。この頃の日本では先に述べたように朝顔に限らず他の様々な園芸作物においても品種が多く作られていた。そのために植木屋を初め園芸植物への観察眼が磨かれ、多くの突然変異体のアサガオが発見されるようになったと考えられる。そのような中で花に模様のあるアサガオ(黒白江南花)が発見された。これがその見た目の珍しさから都市部に伝わった。
黒白江南花のようなアサガオの出現はトランスポゾンという動く遺伝子の活性化を表す。このような系統の中でトランスポゾンが盛んに転移することで色や形などの形質を支配する遺伝子がアサガオのゲノム中に挿入され、新しい品種が生み出された。トランスポゾンの引き起こす変異の多くは劣勢(潜性)の突然変異であるが、アサガオは栽培時は自家受粉することが多いため、トランスポゾンによる変異がホモ接合となり見た目に現れることが多かったと考えられる。次々と現れる突然変異体を集め、鑑賞するものも現れだした。また、江戸では1806年に起きた江戸大火により下谷(今の東京都台東区)に大きな空き地ができ、そこに植木職人たちが様々なアサガオを育てたことで注目が集まったという。
この第一次ブームでおもに鑑賞されていたのは比較的単純な形のものであるが、その後にもみられる複雑な系統の元となった突然変異の多くが発見され、変化朝顔の基礎を築いた。
文化文政期のアサガオの図譜
大輪朝顔と変化朝顔
どちらも江戸時代に起源を持つと考えられるアサガオの品種群である。大輪朝顔は主に大きな花の色やその模様が鑑賞される。それに対して変化朝顔は一般的に想像されるアサガオとはまるで異なる珍しい葉や花の形を鑑賞するものである。大輪朝顔は正木と呼ばれ結実するが、変化朝顔は不稔(種子が出来ない)系統のものが多く、系統維持のためには変異が現れていない親の株から毎年採種する必要がある。そのため、江戸時代の人々は経験的にメンデルの法則を知っていたのではないかとも考えられる。
江戸時代の2度のアサガオブームでは変化朝顔が主に鑑賞され、明治後期以降は大輪朝顔の栽培が盛んになった。
第二次アサガオブーム
嘉永・安政時代になると大阪、江戸とその周辺において再びアサガオブームが巻き起こる。沢山のアサガオ図譜やアサガオ番付表が出版され、各地で花合わせ、品評会が行われた。この頃に描かれた図譜にはいくつもの突然変異形質を組み合わせた品種が多く登場する。第一次文化文政期のブームの頃には見られなかった命名法も確立され、葉の色・形、茎の形、花の色・形、花弁の重ねの順で命名がなされた。
この当時は特に八重咲や牡丹咲のような花弁数を増やした品種が良く鑑賞されていた。
嘉永安政期のアサガオの図譜
第三次アサガオブーム
明治維新以降、日本の伝統的なものが廃れるのと同時にアサガオも地方に散逸してわずかに維持されるのみという状況に陥ったと考えれれる。しかし、その後の明治中期ごろからアサガオを栽培し始める人が増え始めた。それにより、再びアサガオの系統が集められ、明治後期に第三次ブームを迎えた。そのころには、変化朝顔の系統の他、大輪朝顔の栽培が盛んに行われるようになり、明治・大正にかけて様々な系統が生み出された。明治期の流行の特徴として考えられるのはアサガオの同好会的存在である朝顔会と、雑誌の存在である。近代に入り雑誌を始めとする定期刊行物類の発行がそれまでにない多くの情報の流通を可能にした。この当時刊行されていた園芸雑誌は日本園芸会雑誌や園芸時報、園芸之友など多数存在する。しかし、アサガオについてはこれら植物種を限定しない雑誌だけでなく、アサガオのみを扱った雑誌が見られた。このように特定の植物種を対象とした園芸雑誌が刊行されていた事例は朝顔の他になく、アサガオ栽培の流行の特異性が見える。
明治期の園芸雑誌
◆東京日日、明治22.6.13<BR>植物学雑誌<BR>第二十八号 明治二十二年六月十日発兌●一冊定価金十二銭郵税二銭六部前金(郵税共)金七十二銭十二部前金(郵税共)金一円四十四銭<BR>○茶葉内部ノ造搆附茶葉真 偽別法 及成分 理科大学助教授 松村任三<BR>○穀類に寄生する穀炎菌(Cmut-fungi)ノ説(図入) 理科大学 田中延次郎<BR>○海南諸島(新検出)植物雑説 会員 田代安定<BR>○北海道松柏科植物ノ分布 理科大学 堀正太郎<BR>○日本薬局方植物篇 会員 沢田駒次郎<BR>○植物命名法 理学士 白井光太郎<BR>○花の説 会員 染谷徳五郎訳<BR>○ライケン(Lichenes)通説 理科大学 三好学<BR>○植物病理学講義 東京農林学授教授、理学士 白井光太郎<BR>○植物学実験法及試用薬 理科大学 三好学訳<BR>●雑録<BR>●武州森林植物録ノ為メ●あついたノ「ラテン」名●独乙国大学植物学教授●植物録細胞ハ日光ノ力ニ由テ有機物質ヲ造成ス●「アイノ」人応用植物●衛生上応用ノ植物維管束●新著仏文支那植物書●改良独文植物学雑誌●花色ヲ変スル法●何故ニ植物ノ漢名ヲ用フルヤ●植物採集ニツキ注意スベキ事 十一件●英和対訳植物俗名<BR>●質問応答<BR>●寄贈書籍類●Nippon uo Polygonatum<BR>東京神田区裏神保町一番地<BR>発行所 東京植物学会編輯所<BR>売捌書肆 神田区裏神保町一番地 敬業社<BR>日本橋通三丁目 丸善書店
朝顔雑誌
現代のアサガオ
現代日本においても朝顔は非常に身近な植物である。小学校時代に夏に学校でアサガオを育てたことの在る人は多いであろう。しかしながら、江戸時代から受け継がれた来た変化朝顔等の系統は第2次世界大戦により多くが失われ、江戸時代の図録に登場する黄色の花を持つアサガオ等現代では見られなくなった品種も存在する。それでも、アサガオは日本で最も改良技術の確立された植物の一つとなり、多様な突然変異をもつアサガオは今でも遺伝学や生理学の研究材料として用いられている。また、江戸時代から続く交配による育種の他、イオンビーム等の新たな育種法を用いた育種も行われており、新たな変化朝顔の作成、失われた系統の再現などが試みられている。
参考資料
九州大学 アサガオホームページ http://mg.biology.kyushu-u.ac.jp/index.php
描かれた動物・植物 江戸時代の博物誌 https://www.ndl.go.jp/nature/cha2/index.html
はな物語 朝顔の歴史 江戸っ子も熱狂させたその魅力をたどる https://www.hanamonogatari.com/blog/1285/#:~:text=%E3%81%93%E3%81%AE%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%81%AE%E7%99%BA%E7%AB%AF%E3%81%AF,%E3%82%92%E9%9B%86%E3%82%81%E3%81%9F%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
丸山宏 明治期における朝顔雑誌の創刊とその展開 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jila1934/57/5/57_5_31/_pdf/-char/ja
仁田坂英二 変化アサガオの歴史と遺伝学 https://www.nikkei-science.com/page/magazine/0109/asagao.html
あさがお俱楽部 https://www.nishina.riken.jp/asagao/what.html

















