ウィンタースポーツ
日本写真保存センターの写真原板から、1930~60年代にかけて撮影された冬のスポーツを紹介いたします。
1938年 後楽園球場スキージャンプ大会
特設されたジャンプ台は、高さ40メートル、斜面全長85メートル。
1938年2月(推定) 後楽園球場 撮影:土門拳
雪は籠に入れて人力で運び上げ、斜面全体に三〇センチメートルの厚さで敷き詰め、踏み固めた。
1938年2月27日 後楽園球場 撮影:土門拳
ジャンプ大会は昭和13年2月27日、後楽園球場で開催された。
1938年2月27日 後楽園球場 撮影:土門拳
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1939年 大湊スキー観兵式
「白銀上に軍艦旗は凛として輝き嚠喨たる喇叭の音とゝもに観兵式は行はれた。」 『写真週報第57号』より
1939年3月10日 青森県 釜列山 撮影:写真協会
「スキーばきで諸兵を閲兵する観閲官星埜中将、要港部スキー隊の志気は雪晴れの空に高い。」 『写真週報第57号』より
1939年3月10日 青森県 釜列山 撮影:写真協会
『写真週報第57号』表紙より
1939年3月10日 青森県 釜列山 撮影:写真協会
「地物はなし、雪原の散兵線ではストックもこうして銃の支柱ともなり限りなく攻撃は続く」 『写真週報第57号』より
1939年3月9日 青森県 大湊 撮影:写真協会
「火線は■になった。精鋭は雪上に散解、前進命令を待つ。将校の観測の目は一点に焼きついた。」 『写真週報第57号』より
1939年3月9日 青森県 大湊 撮影:写真協会
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1950年代 レジャースキー
「スキー客でにぎわう冬の高湯温泉」 『岩波写真文庫 259 福島県 ─新風土記─』 p.20より
1958年 福島県福島市 高湯温泉 撮影者不詳
「白金温泉はスキー客の根拠地」『岩波写真文庫 260 旭川・大雪山 ─新風土記─』 p.62より
北海道上川郡美瑛町 白金温泉 撮影者不詳
「旭川の郊外,伊ノ沢スキー場」『岩波写真文庫 260 旭川・大雪山 ─新風土記─』 p.63より
北海道旭川市 伊ノ沢スキー場 撮影者不詳
「市街に近いからスキー教室もさかんだ」『岩波写真文庫 260 旭川・大雪山 ─新風土記─』p.63 より
北海道旭川市 伊ノ沢スキー場 撮影者不詳
「スキー場では豚汁が喜ばれる」『岩波写真文庫 260 旭川・大雪山 ─新風土記─』p.17 より
北海道 撮影者不詳
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1950年代 スケート
スケート靴 「摩擦力は運動方向と逆に働き接触面の広さには無関係で面の性質による.スケート靴もスパイクも,ともに摩擦力の性質を考慮して作られている.」 『岩波写真文庫 157 柔道』p.17 より
撮影者不詳
「スケート」『日本の風景』より
山梨県 山中湖 撮影:緑川洋一
「冬.小学校の校庭にはスケートリンクがつくられる」『岩波写真文庫 254 苫小牧 ─支笏湖・製紙の町─』p.58 より
北海道苫小牧市 撮影者不詳
「加藤礼子 フィギュア・スケートの花」『吉田潤写真集 戦後フォーカス293 夢の輝き』p.194 より
1950年 東京都 後楽園 撮影:吉田潤
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1950年代 冬山登山
「ザイルの用い方 確保も見せかけや申し訳だけではなく,相手が滑落しても確実に止め得るがっちりしたものでなければならない」『岩波写真文庫 166 冬の登山』p.43 より
撮影者不詳
「個人装備」『岩波写真文庫 166 冬の登山』p.24 より
撮影者不詳
「個人装備 鋲底登山靴」『岩波写真文庫 166 冬の登山』p.24 より
撮影者不詳
「個人装備 雪眼鏡」『岩波写真文庫 166 冬の登山』p.25 より
撮影者不詳
「登高用具 シュタイグアイゼン(独)のいろいろ」『岩波写真文庫 166 冬の登山』p.27 より
撮影者不詳
「露営用具 天幕 カマボコ型」『岩波写真文庫 166 冬の登山』p.30 より
撮影者不詳
「幕営 たのしい食事をすませたあと 1は外を吹き荒れる嵐もものかは深いねむりにつくのである 2.」『岩波写真文庫 166 冬の登山』p.46-47 より
撮影者不詳
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日本写真保存センターでは歴史的、文化的に貴重な場面を写した写真原板(ネガフィルムやガラス乾板など)を後世に残すために、写真原板の収集・保存・アーカイブ化を行っています。
詳しくは、日本写真保存センターHPをご覧ください。








































































