布を染める「染物」と布を織る「織物」の双方を指す。一般に繊維に色をつけて織った、織物として完成されたものを指し、裁断・縫製を経て衣類として完成する段階までを含めない。
諸外国の織物の繊維素材としては、羊毛などが広く利用されるが、日本での繊維素材は主として絹、麻、木綿などが使用される。日本の染織工芸では染物の染料として、主に紅花や藍、梔子などの天然の素材を中心的に利用している。
日本列島の染織の開始時期は明確にはわかっていないが、『日本書紀』には、仲哀(ちゅうあい)天皇8年(199)に、渡来人の功満王が蚕種を献上したとの記述がある。遺品として確認されるのは、飛鳥時代から奈良時代に伝来した法隆寺裂、正倉院裂の一群がある。また同じ時代、聖徳太子の死去を悼んで妃の橘大郎女(たちばなのおおいらつめ)がつくらせたという奈良・中宮寺の「天寿国繡帳」も有名。
平安時代以後、染織は京都を中心に発展するが、応仁の乱(1467-1477)によって、京都の大半が焼けてしまったため、室町時代までの現存する染織作品は乏しい。当時の様子は『源氏物語絵巻』といった絵画資料からうかがうことができる。
戦国時代になると、戦乱を避けて堺など各地へ散っていた職人が徐々に京都へ戻り、西陣織が誕生するなど、織物業が再開。室町初頭に確立し、安土桃山時代に花開いた能楽で使用される装束は、各種の色糸や金銀糸を用い、緯糸を縫取織風に浮かせた唐織、刺繡に金銀箔を加えた摺箔など、華美な美術工芸品が揃い、見るべきものが多い。
江戸時代、安定した時代を迎えると日本における画期的な染織工芸の友禅染が誕生。江戸後期にはインド更紗を模倣・製造した型染の和更紗が広がるなど、日本の染織工芸の発展が続いた。
関連するひと・もの・こと
「着物」と呼ばれる日本の民族衣装の基になった衣服。鎌倉時代以降は武士から庶民に至るまで浸透した。
京友禅、加賀友禅で知られる。江戸中期以降に発達、普及した文様染で、手描き、糊(のり)防染による彩色が特徴
インド更紗やジャワ更紗が知られる。江戸時代に異国から到来した更紗は古渡更紗と呼ばれて珍重され、日本でつくられたものは和更紗と呼ぶ
日本においてはタデ科のタデアイという植物で染めた物、あるいはその技法を指す。
アイヌの間で伝承されてきた刺繍で、アイヌが古来生活してきた自然環境から得た美の感覚が反映されている。
琉球王国がアジア諸国との交易の中で各地の染織技術を取り入れた、沖縄を代表する伝統的な染色技法。
絹織物の材料である絹糸をとるために飼育されるチョウ目カイコガ科の昆虫。日本では明治時代に養蚕業が隆盛期を迎えた。
縄文時代から利用された、日本を代表する工芸品。ヨーロッパではjapanと表す。
金銀などの細かい粒子を使い、漆器の表面に装飾をほどこす日本を代表する漆芸技法
刀剣や装飾品から仏像鋳造まで。日本の工芸の一大分野
本で知る
陳寿 撰,猪野中行 校,大成館
中国の正史『三国志』のうち、『魏書』巻30の中にある「東夷伝」(通称倭人伝)には、卑弥呼が布(異文雑錦)20枚を送ったと記録されている。該当箇所は右ページ後ろから2行目。
[舎人親王] [編]
『日本書紀』には、応神天皇14年、推定5世紀前後に、百済王が真毛津(まけつ)という名前の縫衣工女(きぬぬいのおみな)を貢上し、これが来目衣縫の祖となったと記録が残る。
藤原継縄,菅野真道 編
『続日本紀』には、織部司に所属し、高級織物の文様作成と技術指導を行う挑文師(あやとりのし)が、和銅4(711)年に日本各地に技術を広めるため、諸国に派遣されたと記録されている。右ページ4行目に「挑文師を諸国に遣して、始めて錦綾を織ることを教へ習はしむ」とある。
藤原継縄,菅野真道 編
挑文師が全国に派遣された翌年の和銅5年(712)年7月には、伊勢や尾張など21国で綾錦が製織されたと記録されている。右ページ3行目にその記述がみられる。
[惟宗直本] [著],中原職忠 寫
養老2(718)年に制定された律令政治の基本法「養老令」の注釈を集大成したもの。高級衣料を織り、また諸種の染物のことを掌った織部司の項目には、錦綾織百十戸・呉服部七戸・河内国広絹織人等三百五十戸・緋染七十戸・藍染三十三戸があったことが記されている。
清少納言 [著]
「めでたきもの」として、 唐錦をあげ、「いみじき君達なれどもえしも着給はぬ綾織物を心にまかせて着たる、あを色すがたなどいとめでたきなり」と高貴な人物のみが綾織物を着用している様子を評価している。
平安時代以降の公家の普段着で、鎌倉時代の武士が礼服に用いた「狩衣」についてまとめられた本。
藤原明衡,長井裁之写
藤原明衡(ふじわらの・あきひら)が、当時の庶民の風俗などを漢文で著した平安後期の随筆。阿波絹、越前綿、美濃八丈、常陸綾、紀伊縑(かとり)、甲斐斑布、石見紬の名が見られるように、特定の地域では特産物となるまでに発展したことが分かる。
延長5(927)年に完成した『延喜式』14巻「雑染用度条」の項目には、染色の制度、工程、染法、染料などのほか、装束の用布などがかなり詳しく記されており、この時代の染色を知る重要な手がかりとなる。
南北朝後期〜室町初期に作られた代表的な往来物初級教科書。武士家庭や寺子屋の初等教科書として普及。武士や庶民の日常生活に必要な語彙に重点が置かれたこの書物には、丹後精好、美濃上品(じょうぼん)、尾張八丈、常陸紬、信濃布などの名があり、織物技術の広がりがみえる。
刊
室町時代から安土桃山時代にかけて現れた絞り染めの技法に辻ヶ花がある。桃山から江戸時代初期にかけては、染物といえば辻ヶ花を指すほどに一般的な染織作品であったとされるが、現存遺品数が300点足らずにとどまることもあって「幻の染物」とも称される。辻ヶ花の初見は、『三十二番職人歌合』春の段5番「桂女」の詠歌にみられる。
勘右衛門
染色秘伝書。寛文6年(1666)絵筆屋勘右衛門刊。外題を欠くが、上巻の目録に「紺屋茶染口伝書」とある。跋に「右の色だては京ごん屋ちやぞめや秘伝のうつし、偽り無之者也」とあり、上巻24条、下巻28条にわたり、布地の染め方について、染料の配合、布地の違いによる染めかた、各種染色の色だし、染の手順、染めの加減など、専門的な極意を簡潔に記したもの。絵筆屋勘右衛門の出版物は本書以外に聞かない。
梅丸友禅,刊
「新古染色考説附色譜」と題され、101色の色摺り見本とそれぞれの色に関する情報を記すなど、江戸時代後期における小袖服飾の実態を知る上で貴重な文献。
加藤吉定 画,敦賀屋三右衛門[ほか1名]
江戸時代に発達した文様染・友禅染。「友禅染」の語の初出は貞享4(1687)年刊の小袖雛形本『源氏ひいなかた』で、「扇のみか小袖にもはやる友禅染」と紹介されていることから、既に人気であったことがわかる。
稀書複製会 編,米山堂
貞享5(1688)年に刊行された、友禅染の技法や友禅染めで使われる模様などがまとめられた書物。巻頭の凡例に、特色は手描きであることと、筒描きや楊枝糊による糊防染をして部分的に彩色していくことなど、友禅染の技法についての記載がみられる。
上野為二 著,芸艸堂
宮崎友禅は天和から元禄(1681~1704)にかけて活躍した絵師です。生没年はわかっていません。元文元(1736)年に83才で金沢で没したという説がありますが、定かではありません。彼は現在でいうデザイナーのような存在で、そのデザインブック(見本帳)である雛形本を何冊か出版しました。 友禅染の創始者で、京都の画工・宮崎友禅(諸説あり)が、元禄5(1692)年に出版した雛形本『余情(よせい)ひなかた』。序には「洛東智恩院門前 扶桑扇工友禅」とあることから、友禅は知恩院門前に住んでいたと思われる。
稀書複製会 編,米山堂
江戸時代に木版刷りにして刊行された小袖模様の見本帳。『御ひいなかた』は寛文6年・同7年(1666・1667)刊で、現存する最古の雛形とされる。上巻は100図を収録。
稀書複製会 編,米山堂
江戸時代に木版刷りにして刊行された小袖模様の見本帳。『御ひいなかた』は寛文6年・同7年(1666・1667)刊で、現存する最古の雛形とされる。下巻は100図を収録。
菱川師宣 画,鱗形屋
衣裳雛形本。2巻2冊。菱川師宣画。天和4年(1684)鱗形屋刊。外題「当風御ひいなかた」、内題「当世早流雛形」。片面1図の衣裳模様を、上巻28図、下巻26図載せ、頭書に染様等の解説を加えたもの。衣裳図のほか、上巻巻頭に見開きで呉服店の仕事場風景、下巻巻頭に美人揃えの座敷図をいれる。跋によると、以前刊行の雛形が当世風俗に合わないので、染様を書き加えて出版すると云い、序でも、最近世間の衣裳風俗が華美から軽きを重んじるものに変わったので、模様・絵様・染様を仕出して、初心者のために頭書を加えたという。寛文7年(1667)刊の浅井了意著の『新撰御ひいながた』(当館請求記号:寄別5-5-2-10)より記述は詳しい。
明石国助 著,一条書房
昭和18年(1943)刊行。P95から18ページにわたり、日本最古の刺繍遺品「天寿国曼荼羅繍帳」を解説している。
もっと知りたい
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和歌山県金剛峯寺にある天野社(丹生都比売神社)に遺された舞楽装束。裏地には「永和四年三月十六日」の墨書銘がある中国・元時代末期の金襴。室町時代末から桃山時代に中国から伝播した技術が、西陣などでの織物の進展を促した。
東京国立博物館
鎌倉時代、春日神社に奉納された「赤糸威大鎧(あかいとおどしおおよろい)」を描いた絵。この時代は、はっきりした色調が好まれたため、染色も濃色に特色がみられ、赤糸威大鎧の鮮明で燃えるように濃い緋色は、その実状をよく示している。
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室町時代、高野山天野社伝来。袍(ほう)と下襲(したがさね)の間に着用する、袖無・垂領(たりくび)で裾襞(すそひだ)のついた胴着。蝶模様を凸状に彫り起こした2枚の板の間に、裂(きれ)を挟み込み、浸染すると白く蝶の模様が染め上がる。
好染翁(著)
嘉永6(1853)年に刊行された染色品目46種の色見本と解説からなる指南書。絵は一勇斎国芳(歌川国芳)による。
法隆寺・正倉院裂
東京国立博物館,Tokyo National Museum
法隆寺裂を代表する経錦(たてにしき―縦方向に色糸を用い、その浮き沈みで模様をあらわした錦。八世紀以降に一般化する緯錦〈ぬきにしき〉よりも古い技法)。古代中国の蜀(現在の四川省成都市)では色鮮やかな赤地の錦が特産であったと伝えられ、これにあやかり「蜀江錦」との美称がある。連珠円文の中に向かいあった獅子や鳳凰をあらわし、外側には天馬(ペガサス)や雄鹿が疾駆する。作品内側は全体にスレ跡が目立ち、これにそって周囲に針穴が巡っていることから、本来は幡(ばん―仏教儀式の場を飾り立てるのに用いられた昇り旗)に仕立てられていたと考えられる。
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もとは褥の表裂に使われた錦(経糸または緯糸に数色の色糸を用いて織りだした紋織物の総称)。鮮やかな赤地に唐草風の小さな亀甲繋文のなかに、デザイン化された花文や鳥文などを対称に配している。
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法隆寺伝来の法隆寺裂。奈良時代に中国から伝わったもの。
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法隆寺に伝わる敷物の一種。材質は絹で、奈良時代の貴重な作品として国宝に指定される。
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東大寺伝来の正倉院裂。奈良時代に中国から伝わったもの。
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東大寺伝来の正倉院裂。奈良時代に中国から伝わったもの。
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東大寺伝来の正倉院裂。奈良時代に中国から伝わったもの。
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東大寺伝来の正倉院裂。奈良時代に中国から伝わったもの。
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東大寺伝来の正倉院裂。奈良時代に中国から伝わったもの。
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東大寺伝来の正倉院裂。奈良時代に中国から伝わったもの。
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東大寺伝来の正倉院裂。奈良時代に中国から伝わったもの。
唐織
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「唐」つまり中国の織物という名称だが、実際には室町時代に日本で織られた縫取織で、刺繍のような風合いが特色である。江戸時代にはもっぱら能舞台で女性役を演じる際の小袖に使用された。鬘能の前シテである「里の女」を演じる際には着流しで着用する。 ルビ:ぬいとりおり ししゅう かづらのう
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刺繡(ししゅう)のように見える向鶴菱模様は、絵緯糸(えぬきいと)で織り出されたもの。平金糸が織り込まれていない古様を示す、江戸時代前期の優品である。女性役であっても、山姥のような鬼系の役柄には、このような幾何学的な強い模様の唐織や厚板が好まれた。 これは、唐織とよばれる能装束です。唐織とは、主に女性を演じる際に着用する表着(うわぎ)のことで、もともとは織物の名称でした。刺繍のように糸が浮いた風合いが特徴です。落ち着いた色調で、菱形の中に鶴が向かい合った模様があらわされています。このように細かい繰り返しが多くはっきりとした幾何学模様は、優しい女性ではなく、山姥のような、鬼の形相をもった力強い女性の役柄に着用されることが多いものでした。 これより前、室町時代後期から安土桃山時代にかけては、明るい紅、白、萌黄色の地に花や木の模様が表された唐織が多くありました。その後、慶長期から江戸時代初期にかけて、全体の色調が暗くなり、模様も宮廷貴族がよく用いた格調高い、幾何学的なくり返しの模様に変わりました。この唐織は、その慶長期の特徴をよく表しています。このあと、元禄期に金糸を織り込んだいわゆる金唐織(きんからおり)が登場するまでの、初期の唐織の特徴をしめす貴重な例です。
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吉祥模様の1つである「松」に、帆船を象徴する「帆」の模様を組み合わせて織り出した唐織。帆船は、海の向こうからさまざまな宝をもたらすことで吉祥模様の1つとなった。地に金糸を全面に通した金地によって、いっそうおめでたい雰囲気を加味している。
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唐織は女性を演じる際に着用する表着(うわぎ)で、若い女性役には紅入(いろいり)が用いられる。紅と白を段にした地色は中世のキモノのデザイン様式を復古的に表わした能装束独特の様式である。撫子や蝶をあしらった優美な模様は貴族女性よりも里女の着流しにふさわしい。
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帆船は能「高砂」に「高砂や、この浦船に帆をあげて」と謡われるように、新しい門出を寿ぐ吉祥模様である。桐もまた、瑞祥である鳳凰が棲むとされる吉祥模様である。関連性のない吉祥模様を組み合わせた捉えどころのない総模様の唐織は、江戸時代後期の様式。
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地紋(じもん)の七宝繋ぎ模様をすべて平金糸で織り出し、上紋(うわもん)は、額の中の画面にも、さまざまな細かい模様が織り出されている。江戸時代中期以降、能を好んだ大名家では、花鳥だけではなくさまざまな器物(きぶつ)を織り出した個性ある唐織を特別にあつらえさせた。(制作年不詳)
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男性役の着付に用いられたが、唐織でできている。唐草を円紋をつないだように表わし、八重菊と糸菊と2種の菊模様を交互に織り出した厚板唐織。唐草も菊の蕾や葡萄などを組み合わせた凝ったデザインである。出羽米沢藩、上杉家伝来。
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藤の花房のみを背を中心に左右対称に織り出すことで、藤花が垂れる情景を表す。紺や紅、黄色など現実にはない色彩の花房を織り、模様に華やかさが加わる。地紋の七宝文にも浅葱色の縁取りが織で加わるなど細やかなこだわりが感じられる優品である。
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唐織とは、縫取織(ぬいとりおり)で刺繍(ししゅう)のように模様を織り出した日本独特の織物。能装束では主として女性役の表着(うわぎ)に用いる。江戸時代中期以降は金糸を織り込んで華麗に仕立てた。中年女性を演じる場合には、紅色を控えた秋草模様を織り出した唐織が好まれたこれは、唐織とよばれる能装束です。唐織とは、主に女性を演じる際に着用する表着(うわぎ)のことで、もともとは織物の名称でした。模様の部分の絹糸がふんわりと浮いているので、刺繍のように見えるかもしれませんが、これらの模様は織り込まれています。唐織の特徴は、刺繍のような風合いや、バリエーション豊かなもようの表現にあります。菊の花が、さまざまな色で表わされています。金色のランダムな格子模様の背後に隠れた菊もあれば、手前に見えている菊もあり、垣根の内外(うちそと)に菊が咲き乱れる秋の情景といった雰囲気です。このように、模様が細かく密集して表されたり、地紋に細かく、乱れた格子模様が用いられたりするのは、江戸時代後期の唐織の特徴です。地の茶色にご注目ください。能装束では、紅色を多く用いた装束を「紅入り(いろいり)」と呼び、若い女性の役に用います。一方、この唐織のように赤い色が目立たないもの、あるいは寒色系のものは「紅無(いろなし)」と呼び、中年や年をとった女性の役柄に用いられます。菊、萩といった秋草もようも落ち着いた、ものさびしいイメージをかもします。このような紅無の唐織は、子どもを失い悲しみに暮れるといった不幸な役柄で登場することの多い中年女性が着用します。能装束のデザインや色調は、演じる役の心情を象徴的に表わしています。
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「松皮菱」は、文字通り、松の樹皮を菱形にデザイン化した日本独特の模様です。常緑である「松」は永遠の若さの象徴として日本では吉祥模様とされたことから、中世以降、松皮菱文は着物のデザインに好まれました。牡丹文は富貴を意味し美女の象徴です。
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唐織は、主として女性役を演じる際の表着。刺繍のような風合いの縫取織による華やかな模様が特色である。前場のシテとして登場する「里の女」が着用する場合には、下に袴などをつけない「着流し」姿で登場する。秋草と蝶を組み合わせた模様は能装束に好まれた。
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紅入の唐織は若い女性役の表着である。能「杜若」では、前場に登場するシテの里女が、唐織を着流しにする。『伊勢物語』の中の一場面「八橋」のデザインは、能「杜若」をイメージさせる。 ルビ:いろいり うわぎ かきつばた まえば やつはし
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唐織とはもともと織物の名称であるが、その織物でできた女性役の表着(うわぎ)のことも唐織と称する。紫や深い緑といった暗色を地色とし、地紋に亀甲紋や入子菱といった幾何学形模様を配し、家紋や丸紋といった上紋を散らしたデザインは、江戸時代初期の特徴である。
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地色を白・萌黄・紅の段染とし、白・萌黄・金糸(きんし)などで霞模様の地紋を織りいれ、菊花、羊歯(しだ)の葉、扇や団扇(うちわ)形の地紙模様を上紋に織り出す。重厚な模様の唐織は江戸時代後期にかかるデザインであろう。能の舞台では、女性役の表着(うわぎ)として使用される。これは、唐織とよばれる能装束です。唐織とは、主に女性を演じる際に着用する表着(うわぎ)のことで、もともとは織物の名称でした。模様の部分の絹糸がふんわりと浮いているので、刺繍のように見えるかもしれませんが、これらの模様は織り込まれています。唐織の特徴は、刺繍のような風合いや、バリエーション豊かなもようの表現にあります。ベースの色として、淡茶、萌黄、紅色が石畳模様のように段違いになっているところに、白や萌黄、金の糸で霞模様の地紋を織り入れています。そこにあらわされているさまざまな模様に注目してみましょう。まずは桃のようなかたちの団扇形と、扇形の中に、竹や若松、杜若などの模様がみえます。ほかには、菊の花、羊歯の葉、そして桐唐草などの模様も繰り返し登場しています。このように、吉祥模様や草花の模様がさまざまに散りばめられ、デザインに盛り込まれた要素がとても多いのがこの作品の特徴です。現代風にいうと「全部盛り」のこのデザイン、一見豪華に見えますが、さまざまな模様があるということは、色々な演目に流用できる、便利な装束であったとも推測できます。また、菊と羊歯の模様は同時代の他の装束にもよく出てくるもので、おそらくこの紋を織り出すための装置を再利用しているものと思われます。こうしたデザインは、江戸時代後期の唐織の特徴でもあります。
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摺箔
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摺箔(すりはく)と呼ばれる能装束のひとつ。摺箔とは表着(うわぎ)の下に着込む下着のことで、もともとは装飾技法を表わした。型紙を用いて布の上に模様の形に糊(のり)を置き、その上に金箔を乗せて接着する。室町時代から安土桃山時代にかけては上流階級の人々の衣装にも用いられたが、江戸時代になると流行がすたれ、能装束にのみ伝統として残った。
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露芝模様とは、風にそよぐ芝が露にぬれる様を文様化した、風情ある日本の模様である。戦国から安土桃山時代に染織の模様にあらわれ、以後、江戸時代には様式化されて能装束の摺箔にデザインされた。金と銀の箔のバランスが見事。着付けると腰下は上着にかくれて見えないため省略される。
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金銀箔で模様を付けた小袖形の装束。上衣の下に着用され、衿(えり)がわずかに見える程度で、あまり表に出ない。金箔と型紙を用いて上杉家の家紋にも用いられる竹に雀の模様を表わす。下着として付けられ足元までは見えないため、裾の模様は省略され、丈も短く仕立てられる。
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紫練緯(ねりぬき)地に葡萄の立木と色紙を金摺箔で表すこの作品は、子方(こかた)の装束ながら技術が秀逸であること、及び衣装が格調高く優雅であることにおいて現存する摺箔の作品中最高水準に位置する一領である。
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かがやくような白繻子(しゅす)地に、鉄線唐草文を銀で摺りつめ、背や腰、袖の部分の檜扇と草花を組合せた繍文様をあらわした、繍入(ぬいい)りの摺箔(すりはく)である。摺箔は能の女役の着附(きつけ)で通例は刺繍は加わらないが、特に手の込んだものにはこのように美しい文様が配されるのを見る。これは備前池田家伝来というが、一種可憐な文様や色調が、同家におびただしく伝えられている装束の、特に江戸後期の縫箔(ぬいはく)や摺箔に通じ、その伝承がうなずけよう。保存状態もことに良好な1領である。
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辻が花
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経糸(たていと)に生糸、緯糸(ぬきいと)に練糸を用いて平織にした練緯(ねりぬき)は、中世に主として用いられた国産の平絹で、絹糸特有の光沢と張りがある。肩と裾の部分に縫い締め絞りという技法で洲浜形を紅で染めて、肩裾模様の小袖に仕立てる。紅色に染めた部分には桐・橘・桜といった草花を、金銀で彩色する。一方、州浜形の間に白く染めのこされた道明きの部分には、燕子花・菊・雪持柳といった草花や鴛鴦・鶉といった禽類を赤系統の彩色で描いた花鳥模様が表される。州浜形や段模様など、区切られた枠内に模様を敷き詰めるように表したデザインは、室町~安土桃山時代の特色である。
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この胴服には伝承があって、天正18年(1590)、豊臣秀吉が小田原合戦の時、陣中見舞として南部信直が、馬100頭、鷹50羽を献じた時与えられた梨地金拵脇差と唐織羽織衣服等にあたるという。まさしくこの胴服が明治29年(1896)には南部家に伝えられていたことが確められる。白地胴開(どうあき)の構成で、上方に紫染の壷垂(つぼたれ)、裾に矢襖(やふすま)文様をあらわして上下の変化を見せ、白地部分に桐文様を散らしている。いずれも細やかな絞染の辻が花の手法により、地白であり、描絵などを一切加えない、まさに辻が花最盛期の自信にあふれた作いきをうかがわせる。
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辻が花に類する紋染で松皮菱形の段替りを構成し、細やかな刺繍と摺箔でさらに段文様をあらわす。刺繍は桃山時代の気分の大きさを名残りとしつつ、小文様を集合させ割り付けるという、江戸時代的な様相をしめす。注目されるのは金の摺箔で、黒紅地の部分に、まさに「地無し小僧」とよばれるように、枝垂桜や霞、青海波などの細緻な小紋型が詰められている点である。金色が濃色に映えるのはいうまでもないが、桃山時代よりも一段と光沢は冴え、それは箔を定着する接着剤や金箔の質の変化を想像させる。
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「葵紋(あおいもん)」は絞り染めで表現され、「桐模様(きりもよう)」も桐の花と葉を絞り染めで表している。 桃山時代の武将稲垣長茂(いながきながしげが天正一八(一五九〇)年に徳川家康より拝領したと伝えられ、天正18年6月の小田原城篠曲輪(ささくるわ)攻略の際に拝領の説が有力。家康からの下賜品としては最も年代が古く、鎧下着という点も稀少。
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友禅染
東京国立博物館,Tokyo National Museum
天和(てんな)の禁令(天和3年(1683))によって刺繍(ししゅう)・金糸・総鹿の子絞りの小袖が町方で禁じられると友禅染(ゆうぜんぞめ)が流行し、色彩豊かで絵画的な模様の小袖が女性を彩った。菖蒲の花束を等間隔にあしらったデザインは、武家女性が好んだ小袖模様に通じる。
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友禅染の技法がもっとも卓越した江戸時代中期における優品。衝立に留まる雄雄しい鷹を絵画のように繊細かつ華やかに染めた振袖は、女性の料ではなく、若衆が着用したものかもしれない。背面には全身を通して吉祥模様の1つである梅樹が表わされている。 振袖とは、袖を長く仕立てた着物のことを指します。絹地に梅の樹が描かれた衝立と、その上にとまる鷹があらわされています。梅は、複数の衝立を渡るように、枝ぶりの見事な一本の木として表現されています。 衝立と鷹は、友禅染(ゆうぜんぞめ)という独特の染め技法で描かれています。絵画的に自由に模様を配置できるのが友禅染の特徴です。衝立の細かい木目や、鷹の羽の一筋ひとすじをあらわす、白く細い輪郭線をご覧ください。これは糊を置いて、生地に色が染み込まないようにした部分です。この糊の線から外にはみ出さないよう、筆で模様に色を挿していくわけです。大変細かい技術であることが分かります。 友禅染のほかにも、衝立の梅の花などは紅糸や金糸による刺繍、そして周辺の地ににじむように広がる紫色の部分は「爆弾染(ばくだんぞめ)」と呼ばれる染によってあらわされています。さまざまな技法、大胆な構図と豊かな色彩が特徴的な、華やかな振袖です。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>縮緬地を縹色に染め波模様を白上げにして、小高い島にさまざまな唐様の楼閣を友禅染で表わした風景模様の小袖です。鮮やかな発色の赤紫色は江戸時代中期における友禅染の特徴で、輸入染料である生臙脂で染めています。暈しや細い糊置きで細部を描いた最盛期の友禅染です。<br />ルビ:しょうえんじ ぼか<br /></p>
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>一見絵画のようであるが、実は着物を染める友禅染という染色技法を用いている。鶏と菊図のみならず、表具の模様も友禅染である。「伊藤若冲下絵」という伝来がある。江戸時代後期、若冲の絵が話題となり、このような鶏図が友禅染でも表されるようになった。<br /></p>
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
友禅染のさまざまな技法を用いて染めあげた小裂をまとめ、アルバムのように貼り込んだ見本帳で、二冊から成る。明治時 代になると、化学染料を友禅染に応用する技術が発達した。明治八年(一八七五)には、京都の舎密局(せいみきょく:舎密と は理化学の意味)が化学染料による染色実技を教える染殿を開いて講習を始め、その技術は急速に発達した。糸目糊と色挿 しによる従来の技法をふまえながらも、化学染料を用いての色挿しやぼかし、あるいは化学染料を米糊に混入した色糊による 写友禅など、さまざまな表現法が完成した。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>鳳凰は中国において瑞祥(ずいしょう)として知られ桐樹に棲(す)むと言われてきた。日本においても桐に鳳凰の組み合わせは吉祥模様として好まれた。絵画的な図様を友禅染で染めた掛幅。表装部分も全て友禅染である。江戸時代後期には仏画や花鳥図なども友禅染で制作された。<br /></p>
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| タイトル | 主催者 | 会場 | 開始 | 終了 |
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国立国会図書館は、国会に属する唯一の国立の図書館です。国内外の資料・情報を広く収集・保存して、知識・文化の基盤となり、国会の活動を補佐するとともに、行政・司法及び国民に図書館サービスを提供しています。
日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。
所在地は石川県金沢市。東京国立近代美術館の分館として、染織のほか、陶磁、ガラス、漆工、木工、竹工、人形、金工、工業デザイン、グラフィック・デザインなど、近現代の工芸およびデザイン作品を展示紹介する。
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所在地は東京都渋谷区。「衣」をテーマとした服飾専門の博物館。染織品についても多彩なコレクションを持っている。
所在地は東京都港区。日本・東洋古美術を中心とした収蔵品を7,400件以上持つ。
所在地は兵庫県神戸市。日本初の「ファッション」をテーマとした公立美術館。特別展や企画展を行っている。
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日本工芸会は、重要無形文化財保持者(いわゆる人間国宝)を中心に伝統工芸作家、技術者等で組織する団体。染織分野で人間国宝に指定された作家と作品を紹介している。
石川県の加賀友禅や沖縄県の琉球紅型など、全国各地の染織品を見ることができる。それぞれの特徴、作業風景、作り方など各地の染織品の魅力を伝えている。
参考文献
- 三瓶孝子 著,至文堂
- 河上繁樹, 藤井健三 著,昭和堂
- 責任表示
- 国立国会図書館
- 二次利用について
ただし、画像は個々の権利表示による
- 最終更新日
- 2022/08/15