825-880(天長2-元慶4)
平安前期の歌人。平城天皇の皇子阿保(あぼ)親王の第5子で、在原朝臣姓を賜って臣籍となり、官位は従四位上右近衛権中将にいたる。「在五中将」「在五」などとも呼ばれた。平安前期に編纂された日本初の勅撰和歌集『古今和歌集』をはじめ、勅撰集に90首近くの歌が収録されている。
『古今和歌集』に「近き世にその名聞こえたる人」(六歌仙)の一人として名を挙げられているほか、平安中期に藤原公任(きんとう)が撰んだ『三十六人撰』(三十六歌仙)、鎌倉初期に藤原定家(ていか)が撰んだとされる「小倉百人一首」にも選出されている。作風は、豊かな感情を新鮮な表現で詠み上げた歌が多い。
平安時代の歌物語『伊勢物語』の主人公のモデルと考えられており、古来、容姿が美しく、自由奔放で色好みな人物として伝説化されてきた。
『伊勢物語』は、在原業平らしき人物の一代記的構成をもつが、作者は不詳。在原業平の家集を基本に、新しい章段が増補・改編されることを繰り返しながら現在の形になったと考えられている。後世の日本の文学に与えた影響は大きく、絵画・芸能・工芸などさまざまな分野で作品のモチーフとして享受された。
江戸時代には、『伊勢物語』の絵入り本や注釈書、パロディ本などの版本が盛んに出版される一方、六歌仙を主題にした歌舞伎「化粧六歌仙(よそおいろっかせん)」「六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)」なども上演され、これらをもとにした錦絵や歌仙絵など、多くの業平像が生み出された。
関連するひと・もの・こと
歌人・在原業平をモデルとした主人公の一代記的構成をもつ、平安中期の歌物語。
百人の歌人の秀歌を一首ずつ集めた歌集。特に『小倉百人一首』のこと。在原業平の歌を収録。
江戸時代に盛行した多色刷りの浮世絵の総称。在原業平を画題にした錦絵が多く残っている。
歌才溢れる絶世の美女として語り継がれる平安時代の女流歌人。六歌仙・三十六歌仙の一人。歌に優れた美男美女として在原業平と並称される。
室町時代、足利将軍家に仕え、美術品の鑑定やさまざまな芸能に従事した職能衆団。能を大成した世阿弥が『伊勢物語』を題材にした能「井筒」を作った。
『伊勢物語』は、平安時代を代表する王朝物語『源氏物語』にも影響を与えた。
本で知る
写
室町時代の歌人正徹(1381-1459)による写本の転写。巻末に藤原定家(1162-1241)の本奥書2種、祖父定家の真筆本を一字も違えず書写したとする冷泉為相(1263-1328)の奥書がある。清原家伝来。
江戸時代の古活字版。嵯峨本と言われる『伊勢物語』の最初期の刊本。嵯峨本は、本阿弥光悦、角倉素庵が刊行に関与したといわれ、流麗な活字の書体、豪華な装訂により、美しい古典籍の代表格とされる。『伊勢物語』の嵯峨本は、慶長13年から15年にかけ数種刊行されており、本書は、そのうち最初に刊行されたもの(第一種イ本)。具引きの色替り料紙を使用している。
江戸時代に多く刊行された古活字版(嵯峨本)の一つ。慶長15年刊行。江戸時代の国学者村田春海ほかによる書き入れ、貼紙が多い。蔵書家中川徳基の旧蔵。
菱川吉兵衛<菱川師宣>//〔画〕,鱗形屋三左衛門
浮世絵版画の祖・菱川師宣が『伊勢物語』『源氏物語』等の古典や謡曲でよく知られている場面を選び、全20図に描いた絵本。
吉井勇 著,竹久夢二 画,阿蘭陀書房
大正6年(1917)刊行。歌人・吉井勇の現代語訳と画家・竹久夢二のモダンな挿絵によって展開される。
江戸初期に古活字版で刊行された観世流謡本。光悦流の書体から、「光悦謡本」等と通称されるもののひとつ。これは、料紙に色替りの染紙が使用され「色替り本」と呼ばれる揃い本。華麗な装丁と印刷で美術的価値が高い豪華本。
江戸初期に観世流の謡曲を版行したもの。巻末に元和6年(1620)卯月の観世左近大夫暮閑の奥書がある。年月の明記された版行謡本としては最も古いもので、観世大夫公認の謡本として権威を持った。各冊の表紙には曲に因んだ絵が金銀泥で描かれ、本文は近衛流の書体で、美術的にも珍重される。
往古の代表的歌人36人を選んで、画像とその代表和歌を記したいわゆる歌仙絵は、大和絵の題材として鎌倉期から盛行したが、江戸期の嵯峨本にも、その系譜をひいた本書のような冊子形体の歌仙絵がある。嵯峨本といえば、本阿弥光悦自身、もしくは光悦流の書風の活字による活字版がよく知られるが、本書は整版本である。当館本は、単匡郭で郭内が29.0×22.8cm(柿本人麻呂図)の大型本。天理図書館、ハーバード・アート・ミュージアム蔵本と同版でその後刷りと見られるが、歌仙の排列順序が異なる。亀甲紋表紙の中央に、「光悦画」と墨書された紙片が貼付されている。(2025.2最終更新)
藤原時平 [ほか]撰
『日本三代実録』は、天安2年(858年)から仁和3年(887年)までの30年間のことを記した歴史書。六国史の第6。宇多天皇の命により、藤原時平・源能有 (よしあり) ・菅原道真らが編集。在原業平の亡くなった元慶4年の巻に、業平の卒伝が記され、「体貌閑麗、放縦不拘、略無才学、善作倭歌」と評されている。
飯田季治 著,如山堂
木村鷹太郎 著,春秋堂書店
もっと知りたい
三井高大氏寄贈,Gift of Mr. Mitsui Takakiyo,東京国立博物館,Tokyo National Museum
【国宝】 『古今和歌集』の仮名序から巻第20までを完存するなかで現存最古の遺品。和製(わせい)の唐紙を使用した豪華な綴葉装(てつようそう)の冊子本で、もとの体裁をほぼ伝えている。筆者は、「巻子本古今和歌集」など、一群の名筆を残しており、藤原行成の曾孫定実とする説が有力である。(20081104_h21) 平安時代、天皇の命令により日本で最初の勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)、古今和歌集が編纂されます。古今和歌集は原本を書き写した写本でのみ伝わります。これは現存する中でも制作された当初の形がほぼそのまま残っている最も古い写本として、大変貴重な作品です。この写本は紐でとじた冊子本(さっしぼん)で、上と下の2冊で構成されています。上巻の最後に「元永三年(1120年)七月廿四日」と日付が記されていることから、元永本(げんえいぼん)と呼ばれます。 元永本の特徴は、紙の豪華さです。文様を摺った紙と小さく切った金箔や銀箔を蒔いた紙とを、見開きで交互になるようにとじています。文様のバリエーションは十数種類に及びます。書に関しては見開きごとに書き方が変わり、書く位置にも変化がつけられるなど、巧みな書きぶりです。記したのは、書の名人として知られる藤原行成(こうぜい)の曾孫・藤原定実(さだざね)だと考えられています。 平安時代初期に成立していたかなは後期になると、書の美しさが洗練されていくとともに、この作品のように紙自体も華やかに仕立てられました。優美な王朝文化を体現する作品をご堪能ください。
二条為明筆,By Nijo Tameaki (1295-1364),東京国立博物館,Tokyo National Museum
【重要文化財】 十世紀の初めに成立し、多くの写本が制作された古今和歌集の中でも、この本は藤原定家による校合の跡を伝える重要なものとして、二条流和歌の宗家に伝えられた。江戸時代には基準的な本とされ、流布した写本や版本のほとんどがこの本に基づくといわれる。
後伏見天皇筆,By Emperor Gofushimi (1288-1336),東京国立博物館,Tokyo National Museum
【重要文化財】 元亨2年(1322)4月の巻末奥書により、藤原定家の貞応本の系統になる『古今和歌集』と知られる。能書で数多くの鑑定をしている烏丸光広の跋、及び近衛信尹(1565-1614)の添状があり、いずれも後伏見天皇の宸翰鑑定している。 ルビ:ていか じょうおうぼん からすまるみつひろ ばつ このえのぶただ そえじょう しんかん(170822_h032) この作品は鎌倉時代の後伏見天皇が、平安時代に編纂された古今和歌集を書き写したものです。後伏見天皇の父、伏見天皇は能書として名高く、現在は国宝にも指定されている「白氏詩巻」(東京国立博物館所蔵)や「桂本万葉集」(御物)などにその花押がのこされていることから、平安時代の名筆を所蔵し、それを熱心に学んだことがうかがえます。その書は「伏見院流」として鎌倉時代の和様の書の流れをつくりました。後伏見天皇の書も伏見天皇によく似て、美しく気品高いことで知られます。 この作品は、仮名序と巻第一から巻第二十まで古今和歌集のすべてを一人で写したもので、後伏見天皇の書に対するなみなみならぬ情熱が感じられます。巻末には元亨2年(1322)、天皇が35歳の時に記された奥書があり、「こうやって古今和歌集を写したのも昔のことだなあ」といった感慨が述べられていることから、まだ若いころの写しと考えられます。
伝藤原公任筆,Attributed to Fujiwara no Kinto (966-1041),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>もとは「本願寺本三十六人家集」(国宝、西本願寺所蔵) の「業平集」(冊子本)。江戸時代の初期には分割されており、現在は十数葉が残されるのみである。「尾形切」の名称の由来はさだかではないが、尾形宗謙(1621~87)の尾形家に関わるものと推定される。ルビ:ほんがんじぼん、おがたそうけん<br /></p>
伝藤原為家筆,Attributed to Fujiwara no Tameie (1197-1275),筒井邦子氏寄贈,Gift of Ms. Tsutsui Kuniko,東京国立博物館,Tokyo National Museum
鎌倉時代(13世紀)の藤原為家筆と伝えられる古筆切。『伊勢物語』の13段「武蔵鐙」。「むさしあぶみ さすがにかけて頼むには 問はぬもつらし問ふもうるさし」の和歌を書写するが、左から二行目は「たのむ」を消して「おもふ」と書き加えている。「おもふ」というのは、鎌倉時代以前の『伊勢物語』古本の表現。
鎌倉中期の『伊勢物語』の写本。藤原定家の孫・二条為氏筆と伝えられる、現存する『伊勢物語』最古写本の一つ。本文の行間に藤原定家が付した注釈を有するほか、簡略な注記が書き入れられている。
鎌倉時代の『伊勢物語』の写本。藤原定家の曾孫・京極為兼の筆と伝えられる。美麗な蒔絵がほどこされた塗箱に入り、見返しは銀切箔散らし、料紙はうす手楮紙。箱蓋の「伊勢物語」の文字は烏丸光広の筆、蒔絵の図柄は小堀遠州作の名物茶入れ「雨宿」の蒔絵をまねたものという。
鎌倉~南北朝時代の『伊勢物語』の写本。二条為氏の曾孫で、歌壇の中心人物であった、二条為明の筆と伝えられる。
伝細川持之筆,Attributed to Hosokawa Mochiyuki,安倍しづ氏寄贈,Gift of Mrs. Abe Shizu,東京国立博物館,Tokyo National Museum
室町時代(15世紀)の細川持之筆と伝えられる『伊勢物語』の写本。奥書によれば藤原定家、冷泉為相を経て、室町中期の禅僧清巌正徹の本を持之が書写したとある。また正徹は歌人としても優れ藤原定家を尊崇していた。細川持之は宗家当主で幕府管領として政治の枢機に関与した。
烏丸光広 KARASUMARU Mitsuhiro,Tale of Ise,ink on decorated paper,木村定三コレクション / Kimura Teizo Collection
江戸時代前期(17世紀)の烏丸光広筆の写本。烏丸光広は、江戸時代の公卿で、和歌を細川幽齋に学び二条派歌人として活躍。徳川家光の歌道師範をつとめ、本阿弥光悦、俵屋宗達らとも交流した。書にもすぐれ、能筆家として知られる。
江戸時代の『伊勢物語』の奈良絵本。奈良絵本とは、室町時代後半~江戸時代前期に作られた、彩色の挿絵を入れた古写本。図柄は嵯峨本のものに近い。奥書はないが、「後水尾帝の書風、絵は土佐画密画」と記す平木清光の書状が添付されている。見返しは金箔布目。料紙は鳥の子紙に金泥で下絵を描く。
江戸前期 の『伊勢物語』の奈良絵本。奈良絵本とは、室町時代後半~江戸時代前期に作られた、彩色の挿絵を入れた古写本。
月岡丹下 画,つきおかたんげ
江戸中期の上方浮世絵界の中心的人物だった月岡雪鼎(丹下)の作。各図の中央部の折り目から元は版本であったと伺える。
月岡丹下 画,つきおかたんげ
宝暦6年(1756)刊。絵は江戸中期の上方浮世絵界の中心的人物だった月岡雪鼎(丹下)による。
絵画に描かれた在原業平(六歌仙・三十六歌仙)
土佐光起筆,By Tosa Mitsuoki (1617–1691),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸初期(17世紀)に活躍した土佐派中興の祖・土佐光起の作。六歌仙(僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大友黒主)の歌人の肖像が描かれ、その詠歌が添えられている。
伊藤若冲 ITO Jakuchu,Six Poetic Immortals,sumi on paper,木村定三コレクション / Kimura Teizo Collection
江戸中期の絵師・伊藤若冲の作。六歌仙が豆腐田楽をつくる様子を描いたユーモラスな墨絵。右上から、すり鉢で田楽味噌をする喜撰法師、提箱から豆腐をとりだす小野小町、田楽を炙り団扇で扇ぐ大友黒主、豆腐に串を打つ在原業平、大盃で酒を飲む僧正遍昭、酒瓶の残りを確かめる文屋康秀。
西村清狂 NISHIMURA Seikyo,Six Poetic Immortals,sumi and color on paper,木村定三コレクション / Kimura Teizo Collection
西村清狂は江戸中期の尾張(名古屋)の絵師。山水画、人物画にすぐれ、戯画も得意とした。尾張南画初期の代表的作家。
国芳,並木湊小版 湊屋小兵衛
江戸末期の浮世絵師で武者絵を得意とした歌川国芳の作。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>書を万里小路宣房(までのこうじのぶふさ)の子、藤房(1291~1375)筆と伝える伝本の模本で、「後醍醐帝本」とも呼ばれる。彩色は控えめで、彫り塗りを用い、画面上部に墨界線を引く作例も見られる。宣房本と近く、万里小路家の周辺でこうした歌仙絵が制作されていた可能性も考えられる。<br /></p>
狩野晴川院〈養信〉、狩野勝川院〈雅信〉、小林養建模,Copied by Kano Seisen'in (Osanobu), Kano Shosen'in (Tadanobu), and Kobayashi Yoken,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>巻末に「寛永の三筆」の一人烏丸光広(1579~1638)の奥書があることから「烏丸光広奥書本」の別称がある。後鳥羽院とおおむね図様を共有しながら、数人の歌仙に異なる姿態が確認され、別本とみられている。原本は「細川能登守」の蔵品であったらしい。 <br /></p>
北斎,図南
江戸後期の浮世絵師・葛飾北斎の「文字絵六歌仙」。六歌仙の肖像描かれ、上部には詠歌が記される。「文字絵」とは文字をあしらって絵を描いたもの。本シリーズは歌仙の衣裳の輪郭線が名前の文字で構成されている。在原業平は「在ハらのなり平」の7文字が衣装に隠れている。
幕末の銅版画家・岡田春灯斎(しゅんとうさい)の豆版の銅版画。三十六歌仙とその詠歌が描かれている。
晴嶺,大黒屋
無款
栄之,永寿板
広重〈1〉,藤彦 藤岡屋彦太郎
文調, 丸に村
松好斎
絵画に描かれた在原業平(『伊勢物語』)
住吉如慶
江戸初期の絵師・住吉如慶による『伊勢物語』の絵巻。全6巻。住吉如慶は、土佐派に属したが、鎌倉時代の名手といわれた住吉慶忍の跡の復興を志して住吉姓を名のり、土佐派と並ぶ大和絵の一派である住吉派の祖となった。近世における伊勢物語絵を代表する作品。
尾形光琳筆,By Ogata Kōrin (1658–1716),東京国立博物館,Tokyo National Museum
琳派を代用する絵師・尾形光琳の作。『伊勢物語』「東下り(第9段)」で、業平一行が三河八橋で燕子花を見ながら、乾飯を食べ、歌を詠む様子が描かれている。
土佐光起筆,By Tosa Mitsuoki (1617–91),東京国立博物館,Tokyo National Museum
伊勢物語の主人公とされる在原業平は、歌人としても尊ばれた。過去の恋を思って歌を詠む第四段「西の対」を描く本図では、梅を眺める姿は中国の林和靖、座る姿勢は柿本人麻呂など、伝統的な風流人や歌仙を連想させる。如慶筆「伊勢物語絵巻」にも同様の姿で描かれる。
伊勢物語絵が描かれた、江戸時代の六曲一双の屏風。左隻には、初段~45段までの25図、右隻には、49段~121段までの23図が描かれている。
『伊勢物語』の43章48枚の絵の色紙と各章段の詞を書いた短冊が貼られた屏風。
深江芦舟筆,By Fukae Roshū (1699–1757),東京国立博物館,Tokyo National Museum
『伊勢物語』第九段「東下り」より。傷心で都を離れた男が東国に向かったところ、東海道の難所・駿河国宇津山で顔見知りの修行者に出会い、都の恋人への手紙を託すという場面です。登場人物はみな後姿で、暗い細道を前に恋人を思い出す男の寂寥感を強く表現しています。少しずつ色の違う、舞台装置の書き割りのようなこんもりとした山が連なる景色の中に、後ろ姿の人物と馬が描かれています。ただ一人、中央の人物だけが横顔を見せており、その視線の先には、荷物を背負った人物が山間へと去っていこうとしています。 これは平安時代前期の歌物語『伊勢物語』の第9段「東下り」をテーマに、江戸時代に描かれた作品です。自分の身をつまらないものと思い込み、都を離れた男が、現在の静岡県、駿河の宇津の山にさしかかりました。蔦や楓が生い茂る暗い細道に心細さを覚えたところ、たまたま顔見知りの修行僧に出会い、都に残した恋人への手紙を託した直後の場面です。去って行く修行僧の後ろ姿を見送っている様子が描かれています。都の生活を断ち切って来た、いわば世捨て人でさえも「こわい」「さびしい」「誰かが恋しい」という思いからはのがれることができないのでしょう。伊勢物語の中では夏の場面ですが、ここでは赤い蔦紅葉が描かれ、より寂しげな秋の雰囲気をかもしだしています。 作者の深江芦舟(ふかえろしゅう)は、江戸時代中期(18世紀)に活躍した絵師で、尾形光琳に学んだとされています。
狩野典信(栄川院),Kano Michinobu (Eisen'in),京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
江戸中・後期の狩野派の絵師・狩野典信画の屏風。「東下り(第9段)」で、富士の山を見上げる業平主従の姿が描かれている。この作品のような「富士見業平」の構図は多くの絵画や工芸に用いられている。
江戸時代の『伊勢物語』の絵巻。全3巻。
江戸時代の『伊勢物語』の絵巻。当初は6巻であったかと推定されるが、現在は本文69段から85段までと絵5面を記した本巻のみが伝わる。絵は「狩の使」「神の斎垣」「衰へたる家の藤」「塩釜」「渚の院の桜」の場面。
広重〈1〉, 佐野屋喜兵衛
江戸後期の浮世絵師で、『東海道五十三次』など風景画の名作を多く手掛けた歌川広重の錦絵。
江戸時代。『伊勢物語』第9段「東下り」をモチーフにした硯箱。富士と峠道の絵は梨地蒔絵、業平一行の図は高蒔絵で描かれている。富士見業平の意匠は江戸時代に流行し、様ざまな工芸品の装飾に用いられた。
西村太良・植春子,京都国立博物館 Kyoto National Museum
髪に香をたきしめるために引き出しに香炉を仕組んで用いる枕。下段に低い引き出しがもう一段あるのは珍しい。梨地に金や青金の平蒔絵などで、伊勢物語の業平東下りの図を描く。
江戸時代後期。『伊勢物語』第23段「筒井筒」をモチーフにした茶箱。蓋には、井戸の周りで遊ぶ幼い男女の図が描かれている。
後藤寿乗(光理),By Gotō Jujō (Mitsumasa),東京国立博物館,Tokyo National Museum
鐔のほかの刀装具として、本来刀身の茎(なかご)と柄(つか)を固定する釘の頭の装飾であった目貫、鞘口の表に指し添える理髪の道具とされた笄(こうがい)、鞘口の裏に指し添える小刀の柄である小柄、柄の両端の金具である縁頭(ふちがしら)などがあり、揃いの目貫・笄・小柄を三所物(みところもの)と呼んでいる。
栄昌, 和泉屋市兵衛
絵画に描かれた在原業平(その他)
英一蝶
美男の業平の死を多くの女性が嘆き悲しむ。釈迦入滅の様子を描く涅槃図のパロディだ。筆者一蝶は狩野門から出た画家。大名がらみの醜聞事件により伊豆三宅島に配流されるが、帰還後も人気を博し、江戸の市民生活をいきいきと描き出し個性派として活躍した。(山下善也氏執筆)
狩野勝川院〈雅信〉、林伊教模,Copied by Kano Shosen'in (Tadanobu) and Hayashi Ikyo,東京国立博物館,Tokyo National Museum
京都国立博物館所蔵「在原業平朝臣・後京極摂政前太政大臣」をはじめとする白描上畳本が分断される前に写された貴重な模本。巻末に狩野勝川院による「薩州候所持」の識語があり、もとは薩摩の島津家に伝来したことが分かる。
春信
在原業平を題材にした能・狂言
東京国立博物館,Tokyo National Museum
中将は平安時代の代表的な歌人在原業平の相貌を表したといわれる面。その名の由来は、業平が在中将とか在五中将と呼ばれたことに基づく。王朝の貴公子を思わせる眉墨を描いた細面の顔立ちや眉根を寄せる憂いの表情に特色があるが、当面は寄せた眉根を紐状に隆起させるなど、ややくせのある造形を示している。
高貴な男性の面で、眉間には憂いを含んだ皺を持ち、色白で美しく上品な雰囲気をもつ。「清経」や「忠度」など平家の公達や、「融」(源融)、「雲林院」(在原業平)などの公卿・殿上人に用いられる。作者の入江美法(1896~1975)は、若年より下村清時に師事し、日本美術院賞等を受賞するなど現代を代表する能面作家の一人であった。
谷口桃僊, 能画刊行会 浅井 勇助(浅井泰山堂)
「雲林院」は『伊勢物語』を題材にした謡曲。『伊勢物語』を愛読する芦屋公光が夢のお告げで京都紫野の雲林院に行くと、在原業平の霊に会う。左は貴族の装いをした在原業平の霊(後シテ)。右は武士の装いをした芦屋公光(ワキ)。
金剛鈴之助, 金剛直喜 訂,桧常之助
謡曲「雲林院」の明治時代の金剛流の謡本。
谷口桃僊, 能画刊行会 浅井 勇助(浅井泰山堂)
「井筒」は『伊勢物語』第23段「筒井筒」に基づく謡曲。世阿弥の幽玄能の代表作。旅の僧が在原寺を訪れると、紀有常の娘の幽霊が現れ、業平との恋を語る。夜がふけると、僧の夢の中に業平の形見の装束を身に着けた女が再び現れる。女は舞を舞い、 思い出の井戸に姿を映して恋人をしのぶ。
耕漁,印刷兼発行者 日本橋区吉川町二番地 松木平吉 (「大平」) 松木 平吉
「小塩」は『伊勢物語』第76段「小塩の山」に基づいた謡曲。都の男が大原野へ花見に行くと、在原業平の霊が花見車で現われ、和歌をよみ、舞を舞う。
観世元滋 訂,桧大瓜堂
謡曲「小塩」の大正時代の観世流の謡本。
耕漁,-,印刷兼発行者 東京市日本橋区吉川町二番地 松木平吉()
「杜若」は『伊勢物語』第9段「東下り」に基づく謡曲。三河の八つ橋を訪れた旅の僧の前に杜若の精が現れ、業平東下りの物語を語り、舞を舞う。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
中将は高貴な雰囲気を湛える若い男の面。この面は瓜実顔で眉骨より高い位置に眉を刷く、中将共通の表現と、中将にはない下歯を表し、上下瞼が湾曲して目の強さを感じさせる点は、能面若男に通ずる。貴族化した武士である平家の公達の亡霊の役にふさわしい。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
貴族の男性の役に用いる面。この面は鼻の頭に卵の殻が割れたような傷、面裏の頂部に三角形の割れがある。表情が瓜二つで傷、割れが共通する面が静岡・佐野美術館にある。鼻の頭の傷を比較すると当館のこの面は佐野美術館の傷を針書きで写したものとわかる。
文挙,- -
「業平餅」は、在原業平を主人公にした狂言。在原業平が玉津島明神参詣の途中、餅屋で休息する。餅を頼むと代金を要求され、普段からお金を持ち歩かない業平は困り果てる。餅屋の亭主は客に名前を尋ね、この客が在原業平であると知ると、代金の代わりに娘の宮仕えを頼む。しかし、餅を食べた業平が娘の被衣(かづき)をとって顔を見るとたいへんな醜女。業平は傘持ちに娘を押し付けようとするが断られ、言い寄る娘を突き倒して逃げ去るのだった。左は傘持ち、中央は在原業平、右は餅屋の娘。
耕漁,東京両国 松木 平吉
在原業平を題材にした歌舞伎
国貞〈1〉,中村,川正 川口屋 正蔵 ,小町〈2〉岩井 粂三郎、喜撰〈2〉中村 芝翫、業平〈2〉中村 芝翫、康秀〈2〉中村 芝翫、遍昭〈2〉中村 芝翫、黒主〈2〉中村 芝翫
重春,-
天保5年(1834)に大坂・角の芝居で上演された「六歌仙容彩」の図。中村梅花が小野小町、中村芝翫(しかん)が僧正遍照・文屋康秀・在原業平・喜撰法師・大伴黒主の5役を演じた。絵は江戸後期の上方の浮世絵師で、役者絵や芝居看板絵を手掛けた柳斎重春(りゅうさいしげはる)による。
豊国〈3〉,河原崎座,小林、文正堂 小林 泰治郎 ,僧正遍昭〈5〉沢村 長十郎、大友黒主〈5〉沢村 長十郎、小野小町〈4〉尾上 梅幸、在原業平〈5〉沢村 長十郎、文屋康秀〈5〉沢村 長十郎、喜撰法師〈5〉沢村 長十郎、
美人画の名手、三代歌川豊国による歌舞伎絵。嘉永4年(1851)に、木挽町の河原崎座で行われた六歌仙をテーマにした興行の図。小野小町は、品格のある女形として人気の高かった四代目尾上梅幸(四代目尾上菊五郎)が演じた。
豊国〈3〉, 湊屋小兵衛
美人画の名手、三代歌川豊国による、「六歌仙容彩」の歌舞伎絵。安政5年(1854)出版。
豊国〈3〉,市村座,太 ,小町〈4〉尾上 梅幸、業平〈1〉中村 福助
美人画の名手、三代歌川豊国による団扇絵。嘉永7年(1854)に浅草の市村座で上演された「六歌仙体綵(ろっかせんすがたいろどり)」の役者が描かれている。小野小町は四代目尾上梅幸、在原業平は初代中村福助(四代目中村芝翫)。団扇絵は、江戸時代の夏(4~6月)に売り出され、切り取って団扇に貼って使用された。
豊国〈3〉,河原崎座,正銘板元 小川 小川 半助 ,斑鳩藤太〈5〉市川 海老蔵、在原の業平〈3〉岩井 粂三郎、荒川宿根〈4〉坂東 彦三郎
「競伊勢物語」は『伊勢物語』の在原業平の伝説をもとに、文徳天皇の皇子の惟喬親王と惟仁親王の皇位争いを描いた歌舞伎。安永4年(1775)大坂嵐松治郎座(中の芝居)初演。本図は嘉永3年(1850)に江戸河原崎座で上演された時のもの。三代目岩井粂三郎(くめさぶろう)(八代目岩井半四郎)が在原業平を演じた。絵は三代歌川豊国。
豊国〈3〉,河原崎座,- 伊豆屋 三吉 ,斑鳩藤太〈5〉市川 海老蔵、有原成平〈3〉岩井 粂三郎
「競伊勢物語」は『伊勢物語』の在原業平の伝説をもとに、文徳天皇の皇子の惟喬親王と惟仁親王の皇位争いを描いた歌舞伎。安永4年(1775)大坂嵐松治郎座(中の芝居)初演。本図は嘉永3年(1850)に江戸河原崎座で上演された時のもの。三代目岩井粂三郎(くめさぶろう)(八代目岩井半四郎)が在原業平を演じた。絵は三代歌川豊国。
重春
広貞,角,在原業平〈2〉嵐 璃珏
動画を探す
愛知県知立市八橋は古くから知られるかきつばたの名勝地。『伊勢物語』「東下り(第9段)」で主人公がこの地を訪れて歌を詠んだ。
奈良時代、平城京を守る神社として創建された春日大社。『伊勢物語』「初冠(第1段)」は春日の里(春日大社付近)が舞台となっている。
過去の展覧会を探す
| タイトル | 主催者 | 会場 | 開始 | 終了 |
|---|---|---|---|---|
見に行く
国立国会図書館は、国会に属する唯一の国立の図書館です。国内外の資料・情報を広く収集・保存して、知識・文化の基盤となり、国会の活動を補佐するとともに、行政・司法及び国民に図書館サービスを提供しています。
日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。
平安時代から江戸時代の京都文化を中心とした文化財を取り扱う地域に根ざした博物館です。
伊勢斎宮に関係する古典文学として『伊勢物語』の資料を多数所蔵。常設展示の『伊勢物語絵巻』展示コーナーでは、ディスプレイ画面をタッチ操作することで物語の内容や背景を楽しく知ることができる。
小倉百人一首や日本美術をはじめとする嵯峨嵐山にゆかりのある芸術・文化を紹介するミュージアム。1階常設展で百人一首に関する展示を行うほか、シーズンごとに日本美術の企画展を開催。
ジャパンサーチの外で調べる
斎宮歴史博物館が所蔵する『伊勢物語』関連資料の一覧。
参考文献
- 片桐洋一 著,明治書院
- 片桐洋一 著,明治書院
- 目崎徳衛 著,筑摩書房
- 片桐洋一 著,新典社
- 小学館
- 片桐洋一 監修,明尾圭造, 西村美香 編,芦屋市立美術博物館
- 人間文化研究機構国文学研究資料館普及・連携活動事業部 編,人間文化研究機構国文学研究資料館
- 秋山虔, 三好行雄 編著,文英堂
- 日立デジタル平凡社,平凡社
- 責任表示
- 国立国会図書館
- 二次利用について
ただし、画像は個々の権利表示による
- 最終更新日
- 2024/03/04