島原の乱
江戸前期、島原と天草の農民が起こしたキリスト教禁止政策と苛政に対する一揆
寛永14年(1637)10月末から翌年2月にかけて、九州肥前国(ひぜんのくに)の島原半島と肥後国(ひごのくに)の天草諸島の人びとが島原の原城を拠点に起こした一揆。天草一揆、島原・天草一揆ともいう。この地域は有馬氏・小西氏の支配下にあってキリスト教が浸透していたが、新たに領主として入った島原の松倉氏も天草の寺沢氏も禁教政策を推し進め、また旧家臣層を百姓身分とした。当時厳しい旱魃(かんばつ)に襲われ、相次ぐ凶作(寛永の飢饉)にもかかわらず、松倉氏らの過酷な年貢取立てが続いたため領民らの不満が高まっていた。この状況下、十数歳の天草四郎(益田時貞)を擁した救済運動が起こったとされ、島原の住民らが決起して島原城の陥落に向かった。これに天草の人びとも応じて天草支配の富岡城を攻撃するに至った。幕府は松倉・寺沢両氏をはじめ西国諸大名に出動を命じ、幕府上使として板倉重昌を派遣した。島原・天草の一揆勢は原城を修築して立て籠もり、キリシタンや百姓ら3万7000人余が団結して5か月にわたって交戦した。板倉は年明けて総攻撃をかけるが失敗して落命。そのあとを受けた老中松平信綱が鎮圧の指揮をとり、包囲作戦で一揆勢の糧道を断ち、2月下旬の12万4000人ともいう総攻撃で陥落、参加者は皆殺しにされた。幕府はこの乱を機にキリシタン弾圧を強化し、寛永16年(1639)ポルトガルとの通商を断った。平成30年(2018)原城跡や大浦天主堂、平戸・天草・五島などの集落が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。
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1964年に復元された島原城を中心とした資料館。天守閣には、島原の乱の攻防図、手作りの槍や打ち込まれた砲弾、また踏絵や禁制立札、宗門人別帳など潜伏キリシタンの関係史料などが紹介されている。
世界文化遺産である原城跡と、関連の深い日野江城跡の歴史ストーリーを発信するガイダンス施設。キリスト教伝来や日野江城を拠点とした有馬氏の栄光、天正遣欧使節を育んだキリシタン史の華やかな「光」と、一方で有馬氏の失脚からキリシタン弾圧、そして原城を舞台とした島原・天草一揆へと暗転する「影」の2つの物語で構成。原城出土の鉄砲玉を使ったとみられる十字架などのキリシタン遺物も展示。所在地は長崎県南島原市南有馬町乙。
熊本県天草市 「天草島原の乱を中心とした天草キリシタン史」を展示テーマとし、天草でしか紹介できない地域史、乱の実態を詳細に紹介。ほかにキリスト教の天草伝来から乱に至るまで、乱後から現代までを通史展示する。
島原・天草一揆の歴史的背景および南蛮文化の影響を受けた当時の模様を資料と映像によりわかりやすく紹介する。天草四郎の真の姿と民衆の熱き思いを今に伝える体験的テーマ館。所在地は熊本県上天草市大矢野町中。
国立国会図書館は、国会に属する唯一の国立の図書館です。国内外の資料・情報を広く収集・保存して、知識・文化の基盤となり、国会の活動を補佐するとともに、行政・司法及び国民に図書館サービスを提供しています。
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日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。
独立行政法人国立公文書館は、国の行政機関などから移管を受けた歴史資料として重要な公文書等を保存管理しています。当館は、その保存実務から一般利用まで広く事業を行うことにより、歴史資料として重要な公文書等の適切な保存と利用を図ることを目的とした施設です。
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歴史的概略、一揆にまつわる場所、関連の遺跡(原城跡、石碑、攻略トンネル跡)などを紹介する。南島原市教育委員会のサイト。