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本居宣長

『古事記』を研究し、国学を大成した18世紀最大の古典研究家。

1730―1801(享保15―享和1)

江戸時代中期の国学者。医師。伊勢国松坂(現在の三重県松阪市)生まれ。旧姓は小津氏、のち本居姓を称する。幼名は富之助。名は栄貞(ながさだ)。通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。号は芝蘭(しらん)、春庵(しゅんあん)、中衛(ちゅうえ)など。自宅の書斎、鈴屋(すずのや)で門人を集め講義をしたことから、鈴屋大人(すずのやのうし)と呼ばれた。

生家は松坂木綿を扱う商家だったが、父が亡くなり廃業し、医師として身を立てるために宝暦2年(1752)、23歳で上京。堀景山(ほりけいざん)に入門して儒学を学ぶ。上京と同時に姓を本居に、宝暦5年3月には名を宣長と改めた。以後、宝暦7年10月に帰郷するまで、医学修業はもとより、景山の門下で漢籍や古典学を学び、契沖(けいちゅう)や荻生徂徠(おぎゅうそらい)の影響を受ける。

町医者を務める傍らに、『源氏物語』の講義や『日本書紀』の研究に励む。宝暦13年、34歳の時、賀茂真淵と生涯一度の対面を果たし、その後入門。真淵の教えを得ながら『古事記』研究に着手し、以後、35年の歳月をかけて注釈書『古事記伝』44巻を著した。『古事記』研究と並行して語学研究、評論執筆に勤しみ、72歳で没するまで、和歌、古典文学、古道論、国語学など幅広い学問領域で多数の著作を残す。特に『源氏物語玉の小櫛(たまのおぐし)』において、『源氏物語』の本質を「もののあはれを知る」と評した功績は大きく、その後の日本文化に大きな思想的影響を与えた。

主著は他に『玉勝間』、『初山踏(ういやまぶみ)』『玉くしげ』『秘本玉くしげ』『菅笠日記』など。鈴と山桜をこよなく愛し、書斎を「鈴屋」と呼び、また自らが墓所と決めた山室山にある奥墓(おくつき)には、山桜が植えられているという。

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  • 日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。

  • 本居宣長の旧宅「鈴屋」を管理・公開し、 『古事記伝』などの自筆稿本類や遺品、自画像などを収蔵している。また関連資料の収集や、宣長に関する調査や研究を行う。史跡として本居宣長旧宅(国特別史跡)、本居宣長旧宅跡・附春庭旧宅、土蔵(国特別史跡)、本居宣長奥墓(国史跡)も管理。運営は公益財団法人鈴屋遺蹟保存会。所在地は三重県松阪市。

  • データベースから、本居宣長著『漢字三音考』『神代正語』を見ることができる。

  • 国立国会図書館が公開する電子展示会。本居宣長の直筆資料を掲載している。

  • 日本放送協会(NHK)の学校向けコンテンツ。本居宣長の生涯や彼がまとめた国学などについて、短い動画で知ることができる。

参考文献

  1. 子安宣邦 著,岩波書店
  2. 田中康二 著,ぺりかん社
  3. 田中康二 著,中央公論新社
  4. 本居宣長 [著] ; 村岡典嗣編,岩波書店,本居, 宣長(1730-1801)||モトオリ, ノリナガ <AU00225310> 村岡, 典嗣(1884-1946)||ムラオカ, ツネツグ <AU00042742>